私が見る幻は中途覚醒によるものらしい
その日はある日突然
本当に突然やってきた。
あれは私が高校二年生の頃である。
自宅でお風呂に入っているところだった。
シャンプーが終わり、リンスをしようとリンスに手を伸ばした時
映画「となりのトトロ」に出てくるまっくろくろすけが一匹
お風呂の北側から南側へと横切った。
黒くてウニのようにトゲトゲで、だけど目はパッチリしていた。
サイズは私の手のひらくらいで
まごうことなく、まっくろくろすけだ。
私が「あ……!」と言った時、まっくろくろすけはリンスをとろうとした私の右腕をすり抜けて
チラリと私を見て
リンスが置いてある棚付近で
パッと消えた。
一瞬、何が起きたか分からない。
夢見がちな私も、現実世界にまっくろくろすけがいないことくらい分かっている。
お風呂から出た後、私は姉に話した。
バカにされたりはしなかったけど
「不思議だな。」と言われた。
同じ家にいても、姉には見えていなかった。
それから数ヶ月後
またしても不思議な現象が起きた。
私は姉がゲームをしている横で、仮眠をしていた。
コタツで寝ていたから、季節は冬だろう。
場所は茶の間だ。
私は寝ぼけまなこで目を覚ました。
すると、不思議な現象が起きた。
私の目の前には巨大な古い本が現れた。
宙に浮かんでいる。
異国語の本だった。
魔法使いが使うような厳かな装丁の本で
茶褐色の表紙で、ページ部分にあたる場所は黄ばんだ茶色のような色をしていた。
「あ…あ………あ……………。」
その本はスーッと自動で開いた。
自然とページがめくられ、私が本文を読もうとすると
異国語が私の目線に合わせ、目で追った文字がそのまま赤く光った。
何が書いてあるかはサッパリ分からない。
何語かも分からない。
姉は普通にゲームを続けていた。
姉には見えていなかった。
姉「どうした?」
私「巨大な本が…巨大な本が………お姉ちゃんには、見えない?」
姉「?」
その本は風にページがめくられるように
高速でページがパラパラパラパラめくられ
最終ページまで開いたところで
パッと消えた。
まるで何事もなかったかのように。
何?何が起きているの?なんなのこれは?
まっくろくろすけも巨大な本も、幻だと思った。
私にしか見えない、幻だと認識した。
周りで幻を見た人なんて見たことも聞いたこともなかった。
3回目の幻は、自分の部屋だった。
私は寝ていたが、途中で目を覚ました。
ベッドの反対側に位置する机の上の方が
何やらキラキラしていた。
私は夜寝る時に部屋を真っ暗にする。
キラキラしているのは明らかにおかしい。
キラキラして見えるのは、妖精の国の明かりだった。
妖精達は白い光のように見えた。
国は濃い緑色をしていた。
森の中のようで、木々や湖が見えた。
巨大な観覧車やメリーゴーランド、コーヒーカップも見える。
「あ………あ………………あぁ……………!」
私はまたしても、「あ」しか言えない。
何が起きたか分からない。
妖精達に私は見えていないのか
彼女らはクスクス笑いながら飛び回っている。
そのうち妖精の国はスーッと消えていった。
何事もなかったように。
私はこんがらがりながら、ひとまず布団に入った。
寝るしか道はない。
まっくろくろすけ、異国語の本、妖精の国。
最初はそんなファンタジーなものだった。
麻薬を使用している人のように虫が這いつくばる幻覚とかではないし
害意はない。
ただ、いきなり幻が私だけに見え始めるから驚くだけだ。
見たのも数えるほどだし
気にしても仕方ないしと
私は特に対策もしないで生活した。
気がつけば私は大学生になっていた。
幻は大学生になってから変化をした。
4回目の幻は、巨大な黒い蜘蛛だった。
私が夜中目を覚ますと体は金縛りにあっていて
部屋の隅には巨大な黒い蜘蛛が糸を張り、巣くっている。
体が動かない。
声も出ない。
蜘蛛と目が合う。
巨大蜘蛛は私の体を自らの口から出した糸でグルグル巻きにして固定した後
勢いよく私の方にやってきて、牙だらけの口を開けた。
怖い!
誰か!
誰か助けて!
声が出ない!
誰か!誰か!
ダメだ、やられる…!
目を覚ました時、明るい陽射しが部屋に差し込んでいた。
朝になっていた。
体や部屋を見ても、蜘蛛にやられた形跡も蜘蛛がいた形跡も何もない。
幻が、私を襲ってきた…!
これは恐怖だった。
今まではファンタジーな世界だ。
私に害意はなかった。
だが、今回の巨大蜘蛛は私を襲ってきた。
それからというもの、幻は怖く、攻撃的なものに変わった。
5回目の幻は幽霊だった。
やはり、私は金縛りで動けない。
自室で寝ていた時にそれは起きた。
白い着物を着た長い黒髪の幽霊?幻?(定かではないが、私は幻だと思っている)は
私の部屋の入口をすり抜け
私のベッドそばまでスーッと移動した。
長い黒髪の隙間から、私を睨んでいる目が見えた。
こわいこわいこわいこわいこわいこわい!
声が出ない。
動けない。
顔を背けることも目をつぶることもできない。
幽霊は怯える私を見ても怯まず
そのまましゃがんで
私と目線を合わせ、睨みながら顔を近づけてきた。
殺される…!
そう思って覚悟した時、またしても朝になっていた。
気づいたら私は眠っていた。
そして6回目の幻は、黒と虹色の泡だった。
やはり自室で寝ていたら
急に金縛りに遭い
目を覚ました。
私から3m離れた場所で
小さな渦ができた。
黒い泡だらけの渦は回転するごとに巨大になり
泡は角度によっては虹色に光った。
泡はどんどん回転するごとに巨大になり、私の部屋を覆いつくした。
やはり私は逃げられない。
声が出ない。
その泡は巨大な剣のような形に変わり
勢いよく私の喉元を狙って飛んできた。
ダメだ!殺される!
覚悟した後、私はまだ生きていた。
気がつけばまた、外は朝になっていた。
私は大学の友達に、幻について話をした。
最初は様々な場所で見られたし、攻撃性はなかったが
最近は必ず自室夜で見て、私は金縛り状態で幻に害意があるという共通がある。
私は大学で臨床心理学を学んでいた。
幻は心理学の管轄である。
友達は私の話を疑わず、真摯に受け止め
「金縛り状態で襲われたんじゃ怖いよな。」と言ってくれた。
そうなのだ。
幻は半年に一回程度のペースだ。
油断した頃に突如やってくる。
非現実的で非日常的なのに
金縛りの中、実態のないものに攻撃されるのは恐怖しかない。
私はいつも死を覚悟するほど
幻は殺意に満ちていた。
「先生に、相談しに行こう。」
友達は教授の研究室まで付き合ってくれた。
大学には、夢分析や幻に詳しい先生がいた。
見た目や服装が魔女みたいだし
ハーブが好きらしく
研究室にはやたらとハーブや観葉植物があった。
それがますます魔女らしかった。
先生は、私達にお茶を出してくれた。
そして私は先生に一部始終話した。
私は病気なのか、異常なのか。
病院に行って治療を受けた方がいいのか。
先生はなんと言うのか。
私はドキドキドキドキした。
先生は私の話を全て聞いた後、うんうんと頷き、口を開いた。
先生「ともかさんは、夢をよく見る体質じゃない?」
私「はい、そうです。」
先生「感受性も強くて、芸術に興味があったり、物作りが得意?」
私「はい、そうです。」
先生「…ともかさんのそれはね、中途覚醒ね。」
私「中途覚醒?」
先生「目を覚ましてはいるけど、脳がまだ寝ぼけていて、夢を見ている状態なの。その夢を映像化して部屋で見せている。
その幻は、謂わば夢の続きなのよ。」
私「あれは、夢の一部なんですか?」
先生「そう。体が上手く動かないのは、まだ体が寝ている状態だから。
幻が現れるのは必ず夜でしょ?」
確かに、私が幻を見る時は必ず夜だった。
まっくろくろすけ以外は寝ていて起きた時に見られた。
まっくろくろすけを見た時も、仮眠して起きて、寝ぼけた状態でお風呂に入っていた。
先生「攻撃はされるかもしれないけど、あなたは死なないわ。夢だから。」
私「先生、私は異常なんですか?病院に行った方がいいんですか?」
先生「ともかさんは人より感受性が豊かなだけよ。治療する必要もないわ。見る頻度も年に数えるほどだし、大人になるにつれて見る回数は減っていくと思うわ。」
私は研究室を友達と共に後にした。
私は他の人と違う。
普通じゃない。
と、思っていただけに
先生の言葉は優しく、力強かった。
話を否定しないでくれた姉や
今日付き添ってくれた友達の存在にも感謝だった。
自分が人より感受性が強かったり、夢を見やすい体質なのは理解していたが
まさかそれの副産物として幻まで見るようになるとは思わなかった。
私は普通だった。
私の話を分かってもらえた。
研究室を後にした後、私は前向きな気持ちになれた。
それからもたびたび、私は幻(先生曰く、中途覚醒の状態で見る夢の続き)を見た。
発動条件はいつも同じだ。
寝ている時に金縛りに遭い、害意がある怖い何かが私を襲ってくる。
これは幻だ!これは幻だ!これは幻だ!
絶対に死なない!死なない!死なない!死なない!
私は研究室で先生に話を聞いてから
幻を見るたびに
そう自分に言い聞かせられるようになった。
幻が出現したら覚悟をするしかない。
私は幻に殺されないと、再び眠りにつけない。
確かに、年を重ねるごとに幻を見る頻度は下がった。
だが、0回にはならない。
油断した頃にいきなりそれはやってくる。
幻だと分かっていても、化物達はいつもリアルで、殺される瞬間はいつも汗だらけになったり、涙目になる。
朝日にいつも、ホッとする。
悪夢から目覚められたように。
私は大人になり、障がい者福祉施設で働くようになった。
そこには精神障がい者の利用者もいて、幻覚を見る人がたくさんいた。
彼等の幻覚の内容は、一般的な常識で考察するならば、非日常的で、非現実的であり得ないものばかりだ。
だが、彼等にとって幻覚は日常で現実なのだ。
私とは異なり、彼等は夜だけ幻覚を見るわけではないし
頻度は私の比ではないから
私は彼等の辛さや苦しみ全てを理解することはできない。
だけど、幻を見たことがある職員は私だけだ。
これは私の強みだと思った。
幻に振り回される現実は
体感したものしか分からない。
利用者「幻覚や幻聴が止まらないんだ。死ね、死ね、って言うんだよ。」
私「幻覚や幻聴って、目を塞いだり耳を塞いでも逃げられないから怖いよね。」
利用者「ともかさんは、分かってくれるの?」
私「幻聴は体験してないけど、幻覚なら数回だけある。あれは見た人しか分からない。
私はね、黒い巨大蜘蛛をよく見る。だから、実際の蜘蛛は小さい蜘蛛でも苦手なんだ(苦笑)」
利用者は目の色を変えた。
仲間を見つけて嬉しそうだった。
周りの大人(家族や職員や精神科医)は分かってくれないと思っていた彼等にとって
私の体験や言葉は一つの力強さに変わった。
私はこの瞬間に思った。
私が幻を見たのはこの為だった、と。
苦しむ利用者に寄り添えるように
神様が私に幻を見る体験をさせてくれたのだ。
人生に無駄なことは一つもない。
周りがなかなか体験できないような私の苦しみや悲しみは、貴重な財産である。
未来できっと何かに繋がる。
そしてもしかしたらそれは
同じように苦しんだり悲しむ人に出会った時
力になるかもしれない。