料理のなかの科学
「料理は芸術であり、しかも高尚な科学である」という言葉を聞いたことがあります。
芸術ととらえられるかどうかは、作り手の思い入れや腕によってまちまちなところがあるものの、
科学については実感をもって気づかされることが頻繁にあります。
裏ごし器のざるの目に垂直、平行でなく、斜めにへらを押し付けるとよく潰れるとか、黒豆に鉄の釘を入れると黒く仕上がるとか、酢と油で乳化させてマヨネーズやドレッシングができるとか、言い出したらきりがないほどで、
理科と家庭科を融合した授業なら、もっと面白く頭に入って、高校時代の成績も良くなったかも、と思ってしまいます。
料理は科学だともっとも実感する瞬間は、卵料理を作っているとき。面白くてたまりません。
ゆで卵にしてもスクランブルエッグにしても、卵というたんぱく質が固まるまでの単純なプロセスなのですが、火の通し方や空気を含むかき混ぜ方、塩を入れるタイミングなどによって仕上がりはずいぶん違いが出ます。これをいかにつくる人の思い通り仕上げるか、というのが料理であり、その方法がレシピということになります。
そんな料理の科学的側面を面倒な小難しさととらえず、例えば料理用の温度計を使って、牛乳とバターなど、混ざりにくいものどうしの温度を揃えてから混ぜてみたり、時間をこまめに記録して成功した時の記録を大事にしたり、と実験的に面白がるのはどうでしょう。
ここで、なにげない毎日の料理の中にも、特に科学としてとらえると面白いな、と感じる調理法の存在をいくつかご紹介したいと思います。
◎低温調理
低温調理器がなくても、下味をした素材をジッパー付き袋に入れて空気を抜きながら閉じ、たっぷりの熱湯の中に沈めて皿などで重石をし、冷めるまで放置すると出来ます。写真の鶏ハムや、焼き目を付けた牛たたき肉、鴨ロース、鶏レバー、卵などが向きます。
◎余熱調理
予熱でなく、余熱です。食材に味がしみこむのは、温度が下がるとき。例えば写真のブロック肉のローストはオーブンで時間をかけて、という方法もありますが、しっかり外側を焼いてから、2枚のホイルを巻いて温度をゆっくり下げる方法でジューシーに仕上げる方法だと、かなり気軽に取り組むことができます。アウトドア料理でおなじみのダッチオーブンも、密閉することで余熱を最大限活用することが可能に。おでんやカレーも、柔らかくなり切るまで火を通すより、余熱を使うほうがすっきりとおいしくなります。
◎熟成
写真は小肌の酢じめです。
熟成というと難しそうですが、豚のかたまり肉を塩蔵したり、野菜やひらめを昆布〆にしたり、鯖を砂糖→塩→酢の順で締めたりするのも熟成の部類に入れて考えています。余計な臭みや水分を取り除き、おいしさをギュッと凝縮することができます。
◎漬け込み
これは帆立貝柱の糠漬けです。
味噌漬け、粕漬け、醤油漬け、ヨーグルト漬けなど、様々な床漬けをして旨味や栄養素を増す方法です。肉でも魚でも卵でも野菜でも。
ただ漬けるだけで簡単ですし、保存も効くので、様々な床を常備すると味わいの特徴もあれこれ比べて味わえ、楽しいですよ。
◎炙り
ホームセンターのアウトドアの売り場などにあるバーナーを用意し、刺身の皮目や砂糖のトッピングに焦げ目をつける愉しみ。魚の皮目をあぶることで、脂の旨味を引き出す効果もあり、香ばしさをまとわせつつ臭みをなくすことができます。
写真は皮が美味しい、イサキの炙りです。
遠火の強火で細胞膜がゆっくり壊れ、脂の旨味が表に溶け出てくるまで炙ります。外側はカリッと、内側はふんわりと焼ければ最高の出来。
焦げ目をつけるのは、最近話題の「メイラード反応」というもので、アミノ酸やたんぱく質が糖と結びつき、その化学反応から褐色物質や香味成分を作り出して、食欲をそそる香ばしさを醸し出してくれるものです。
※焦げ目をつけることで、細胞の糖化に繋がるAGEの増加が気になることもあろうかと思います。
とても心配な場合は、食物繊維の豊富な副菜を添えたり、レモンを絞ったり、緑茶やドクダミ茶、ルイボスティーなどをお供にして、邪魔なものの発生を下げつつ、おいしさもきっちり愉しむのも一考だと考えています。
◎乾燥
素材の水分を、日光や脱水シート、火山灰などで抜くことで
余分な臭みを軽くして、旨味を凝縮させることができます。
写真は鮎の干物です。塩と酒だけで、こんなに旨味が濃くなるのか、驚くばかりでした。
脱水シートの内部には水飴が入っていて、その浸透圧の高さを利用して、挟んで一晩ほど置くだけで、臭みが除かれ、さまざまなエキスが凝縮されて強い旨味を持つ干物が出来上がります。
また、食品から摂取したビタミンDは、体内で働く活性型のビタミンDにする必要がありますが、それには日光に1日15分程度あたることが大切。
魚の干物や干しシイタケはすでにこの活性型のビタミンDが含まれています。
日焼けを心配される方は、こうした食べ物で、カルシウムの吸収にも欠かせないビタミンDを積極的にとりいれると安心ですね。
以上、取り止めもなく、科学とも思えるさまざまな調理法についてご紹介してみました。
毎日台所でこんな面白いことをなんの気無しに日々繰り広げていたと気づくと、
もしかしたら少々億劫だな、と思われていたことも少し見方が変わるのではないでしょうか。