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kaoru
2021年7月27日 00:45
大切な場所に帰りたいと思ったとき、足を運べる人でありたい。学生時代に7年間通っていた地元の学習塾に、お別れをしてきた。当時お世話になった先生のSNSで、校舎を取り壊して近々移転することになったと聞いたからだ。地元で何十年と続く老舗の学習塾。自分はその長い歴史の一頁の、一行ぐらいは担うことができていただろうか。移転するだけだから塾自体がなくなるわけじゃないのだけど、歴史を刻んだ建物がなくなっ
Mica
2021年7月29日 03:00
アメリカに行く。大それた野望も、勝算も、企みも、あったわけじゃない。無鉄砲だった。ただ「何かを変えなければ」と焦りだけがあった。駆け抜けた20代の終わり。住み慣れた地元の街。積み重ねてきたものをすべて投げ出そうとするぐらいには追い立てられていた。何から?それがうまく言えたらよかった。秘密を抱えた家族との会話とか、景色に染み付いた失恋の記憶とか、何を得ても褪せない飢餓感とか。私にしか、いや私にす
山羊的木村
2021年7月8日 18:44
海へ向かう道を車で走らせる。窓を開ける。7月終わりの晴れた午後。乾いた風が髪を揺らす。フィアット500というこの車は可愛らしい姿だけど気持ちよい走りをする。パパに買ってもらった。お父さんではないパパに。街から郊外、田園地帯を抜ける。助手席には叔母さんの為に選んだシングルモルトとウイスキーグラスの包み、そして紅花を中心とした花束が座る。海に近付くと潮の香りが強くなる。叔母さんに会うのは五年振りぐ
夏生さえり
2021年7月11日 11:22
子が産まれた。ほんのすこし垂れた目、ツンと尖った鼻、まあるい鼻の穴、富士山型の薄ピンクの唇、白い肌に浮き出た青い血管、目をあけるとすっかり隠れてしまう短いまつげ、薄茶色の産毛のような髪の毛、あまさと汗臭さが混ざったちいさな男の子のにおい、ぎゅっと握りすぎて汗ばんだ手、かすれた泣き声。そのどれもが、1か月前まではわたしのお腹の中にすべておさまっていたなんて、しんじられない。出産のことを事細かに書