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人が主役の本屋づくり。書店業界を変える「編集力」とは

今や、本はネットでいつでも気軽に購入できる時代です。それでも書店に足を運ぶ人が絶えないのは、そこでの人との出会いや、本を手に取って選ぶことの楽しみが変わらずにあるからではないでしょうか。

今後もリアル書店のニーズを絶やさないために、書店が取り組むべきことはあります。それは、書店で働く「人」、つまり「書店員」の人間的魅力をより高めてファン(来客)を増やすこと。そう語るのは、書店員の企画力と個性に焦点を当てたブックフェア・チャンピオンシップ(BFC)の実行委員長である北田博充さん。

そんな北田さんに、今回は書店・書店員の現状や、これからのリアル書店に求められるもの、BFCへの熱い思いを語っていただきました。

北田博充さん

リアル書店では「空間」と「人」に出会える

ーーまずリアル書店の役割についてのお考えをお聞きしたいと思います。今、書店はどういう存在でどういう方に求められていると思いますか?

リアル書店の役割は、シンプルに「本と出会える場所」ではないでしょうか。今はネット書店で本を買える時代になりましたが、なんとなく読みたい本を探しに、面白い本との出会いを求めて、ふらっと書店に足を運ぶのだと思います。ネット書店になくて、リアル書店にあるものは「空間」と「人」ですよね。「空間」は「居心地」と言い換えられるかもしれません。「人」は「書店員」です。この2つの価値を高めていかないといけません。

今後、リアル書店にはいろんな「入口」があったほうがいいでしょう。「本が買える場所」という入口だけではなく、それ以外の目的を持ったお客さんが来店する入口が複数あると強みになるはずです。例えば、休日に恋人と一緒にデートできる場所、集中してゆっくり仕事ができる場所、週末に子供連れで遊びに行ける場所、悩みを解決できる場所などです。ただ単に本を提供する場所というよりは、お客さんが持っている潜在的な欲求に応えられる入口をたくさん用意し、その先に本があるのが理想的です。

書店に来ることで得られる体験価値も重要だと思います。例えば、映画館です。自宅で見るのとは違って、映画館に行くとCMが流れてきてワクワクしますよね。そうした気持ちも含めて1つの体験になります。足を運ぶのはちょっと面倒ですが、その場所に入ると作品に向き合う姿勢が深まるような気がします。それに近い気持ちを書店で味わえるといいですよね。

今までの書店は日常的な娯楽を提供してきましたが、これからは非日常的な娯楽も提供できないと生き残りが難しくなるかもしれません。「書店の競合=他の書店」と考えられがちですが、世の中には娯楽や情報を得られる場所はたくさんあるので、書店以外の小売店やサービスも競合だと考える必要があるはずです。

潜在的なニーズに応える提案力を

ーー先ほどのお話に出てきた「潜在的な欲求」に書店として応えていくために、大切にしたいことはありますか?

まずはお客さんのことをよく知ることです。「資格の勉強がしたい人向けに資格の本を品揃えする」というような顕在的欲求に応えるのは比較的簡単です。もちろん必要な仕事ですが、それだとただの「問題解決」になってしまいます。それだけではなく、「言われてみればこんなものが欲しかったかも」とか「そういえばこんな生活がしたかったかも」というような、お客さんの潜在的欲求を先回りして提案する能力も求められてくるでしょう。

ただ、先回りしすぎると全く売れないはずなので、半歩くらい先回りして提案することがとても大切。それはリアル書店にしかできないことでもあるので、しっかりお客さんのことを見てコミュニケーションをとることが重要です。

「本」は「人」そのもの

人は自分自身と向き合いたい時に書店に足を運ぶことがありますよね。悩んでいる時は、誰かに悩みを聞いて欲しいものです。そのような感覚で、書店の棚と向き合っているのかもしれません。人に相談するか、本に相談するか。違いはそれだけなのかもしれません。

ーー今、本を人に例えていらっしゃいましたが、その考えは以前から長くお持ちなのでしょうか?

そうですね。人はそれぞれ個性があって多面的な存在です。その人の評価は接する人によって異なったりもしますよね。友人Aさんからの評価、家族Bさんからの評価、同僚Cさんからの評価、浅い付き合いの第3者Dさんからの評価が微妙に異なることは容易に想像できます。本も似たようなもので、読み手がどう感じ、どう評価するかは千差万別です。「本≒人」ではなく「本≒友人」とたとえることもできるかもしれません。友人がいなくても生きてはいけますが、いた方が幸せですよね。本も同じで、読まなくても生きていけるけど、読んでいた方が幸せだと思います。友人は自分にとって甘い言葉をささやく存在ではなく、時に厳しい指摘や耳の痛い忠告をしてくれる貴重な存在です。そして、困った時には助けてくれます。
本のつくり自体もどこか人に似ていないですか? 人って、まったく同じ個体は存在しないですよね。身長、体重、顔、体臭、考え方など、人によってまったく異なります。本もそれぞれページ数、重さ、装幀、紙の匂い、書かれている内容が異なり、世の中にまったく同じ本は存在しません。そもそも本は人がつくったものなので、自然とそうなるのかもしれませんが。

「編集力」で、売れる・面白い書店に

ーー北田さんが考える「フェアの役割」は、どのようなものでしょうか?

書店のフェアは、書店や書店員の個性が反映されやすく、他の書店と差別化がしやすいです。定期的に入れ替わっていくので、フェアを目的に来店してくれるお客さんを増やしていけるといいと思います。そこで、企画する書店員に求められるのが編集力です。テーマ設定や選書、ディスプレイ、ポスターやPOPの作成、販促、SNSでの情報発信など、総合的な編集力が必要です。

編集されているからこそお客さんは楽しめますし、たくさんある本の中からテーマに合わせてセレクトされているので、新しい発見があります。これがフェアの醍醐味だと思います。

ーーフェアでは、書店員の方の独自の視点が大切になってくると思います。北田さんはフェアを企画する際、ご自身の主観とお客さんの声のどちらを大切にされていますか?

どちらが欠けてしまっても良いものはつくれません。両方のバランスが必要です。
私はフェアに対して、雑誌に掲載されている特集のようなイメージを持っています。編集者の視点で企画された特集があると、独自の考えが反映されて面白くなりますよね。でも、お客さんの声にも寄り添えないと売上がついてこないこともありますから。

フェアでも両方の視点を大切にして、売れて且つ面白いものに近づけないといけません。「売れる」と「面白い」の意味合いは若干違うので、2つを叶えるのはとても難しいです。でも、両方の実現を目指すことが大事だと思います。

ーー「売れるけど面白くない」フェアもあれば、「売れないけど面白い」フェアもあるということですね。

「面白いけど爆発的には売れない」というフェアはあると思います。例えば今回のBFCに、HMV&BOOKS SHINSAIBASHIの岡田菜織さんが「一冊書店」というフェアをエントリーしてくれました。同じ本をあえて1冊しか置かないというフェアです。たくさん在庫があって、いつでも買えそうな本にはそれほど興味がわかないものですが、ぽつんと1冊だけある本が丁寧にレコメンドされていたら、「出会うべくして出会った運命の1冊かも」とときめいてしまうように思います。誰しも「私のためだけに選ばれた本」には特別感を抱くはずで、そんなお客さんの心理をうまく突いた企画です。私たち書店員は本をたくさん売ってなんぼの世界で働いていますが、たとえたくさん売るのだとしても、「“1対1”を重ねていく“たくさん”」が理想的だなと思うことがあります。私はこのフェアから「1対1」の理想形を見つけたような気がしました。本屋の仕事の「本質」が詰まった企画だな、と。ものすごく売り上げが立つというわけではありませんが、素晴らしいフェアだと思います。

面白いフェアができる可能性は無限大

ーー北田さんがこれまで手がけて来られたフェアの中で、売れたかつ面白かったフェアはありますか?

一番反響があったのは「バースデー文庫」というフェアです。棚2本で展開したフェアですが、1ヶ月で約3,000冊販売しました。1日で380冊販売した日もありましたね。366日、その日に生まれた著名人の文庫本をオリジナルカバーで巻いて販売したフェアです。相手の好みが分からないと、本を人に贈るのはなかなか勇気が要りますよね。でも、同じ誕生日の著名人の本を雑貨感覚でプレゼントできれば、内容に関係なく誰にでも喜んでもらえるかも。そんな思いつきで新しい本の需要を作ろうと企画したところ、大ヒットしました。有隣堂さんや未来屋書店さんなど、他の書店様でもご展開いただきました。

これからの書店に求められる3条件

書店を営業していく上で、規模にかかわらず大切なことが3つあります。

1つ目は入口(来店目的)を増やすことです。冒頭でもお話ししましたが、本を買うこと以外の多様な入口があるといいと思います。私が勤めている梅田 蔦屋書店の場合は、お茶ができる、仕事ができる、靴が磨ける、iPhoneの修理ができる、ネイルができる、ヘッドスパが受けられるなど、複数の入口(来店目的)があります。もちろん一番重要なものは「本」です。複数の来店目的で来られたお客さんに最終的に本をお買い上げいただける店づくりをすることが重要です。

これは都心の大型店でしかできないわけではなく、たとえば人口8,400人弱の広島県庄原市にある「ウィー東城店」さんであれば、化粧品、食料品、タバコ、美容室、エステコーナー、コインランドリー、精米機、卵自販機など、複数の入口(来店目的)が用意されています。これは、お客さんにとっての「あったらいいな」が実現されている点で素晴らしいのですが、いろんな目的でお客さんが来店される場所に本が置かれていることが何より重要なのだと思います。

これは独立系書店においても同じです。最低3つくらい入口があったほうが、お客さんの間口が広がるように思います。例えば、東京・三軒茶屋にある「Cat’s Meow Books」さんであれば、猫と会える・ビールが飲める・猫本が買えるという3つの入口がありますよね。入口の多さは大切です。

2つ目は編集力のある書店、3つ目は人に魅力がある書店です。この2つを兼ね備えている書店は強いです。独立系書店だけではなくて、チェーン書店でも言えることだと思います。

ーー書店員の方が、個性や考えをしっかり持っていることが大切になってくるということでしょうか?

そうですね。セルフプロデュース力を持った書店員がいる書店を増やさないといけません。とにかく大切なのは、書店員自身の人間的魅力です。たとえば同じ価格の本を2つの店舗のどちらで買うか迷った時、「どうせだったらあのお店のあの人から買いたい」と思ってもらえるかが重要だと思います。ここ10年くらいで、書店員自身のパーソナルな事柄について書かれた著作が増えていることも、その傾向の一つかもしれません。

書店員自身に魅力があると、その書店員に会いに書店に来る人が増えます。店のファンではなく、書店員のファンを増やさないといけない時代になりつつあります。そんな背景もあって、ブックフェア・チャンピオンシップ(以下、BFC)を企画しました。

ブックフェア・チャンピオンシップの贈呈品はチャンピオンベルト

ーー書店員のセルフプロデュース力を高めるために、効果的だと思う取り組みはありますか?

SNSをうまく活用することでしょうか。例えば、Xは一から画像やプロフィール文をつくる過程そのものが、自分を編集することにつながっていますよね。書店員がフェアの影に隠れてしまうのではなく、SNSで自分自身を前面に出していくことが大切だと思います。SNSのアカウントを持つ書店員は増えていますが、匿名の方も多い印象です。それではただ単にコミュニケーションの手段になってしまいます。店の名前を背負って一人称で発信することが大事かな、と。

ほとんどの場合、お客さんとのやりとりは「本の場所を聞かれて答える」だけで終わっていると思います。ですが、Xよりリアルに近いコミュニケーションが取れるPodcastを使いこなせれば、来店されたお客さんと長話をするような関係をつくることができるかもしれません。「この本、○○さん(書店員)に合うと思いますよ」と逆にお客さん側から薦められるくらい、自分のキャラや個性を理解してもらえることもあり得ます。今は不特定多数の方に知ってもらいやすくなったので、SNSをうまく活用して、ぶれずに自分の個性を発信できれば書店員がつかめるチャンスも増えてくるはずです。

お客さんとの関係を築いていくことの重要性は、昔も今も同じです。関係構築の手段がオフラインからオンラインにまで広がっただけのことです。私が20年前、学生の頃にアルバイトをしていた神戸元町の海文堂書店では、それぞれの書店員に常連のお客さんがついていました。「私のあの人」というような常連さんがいて、日々「本を介したコミュニケーション」が発生していたわけです。セルフプロデュースという話から少し逸れてしまいましたが、書店で働く「人」や「コミュニケーション」の大切さは、昔も今も変わらないはずです。

目指すは何年先も続くプロジェクト

ーー現在、BFCはクラウドファンディングが成功して、エントリーも想定していた以上に集まってきています。寄せられている反響や、良い意味でイベント開始当初の予想に反したことがあれば教えていただけますか?

クラウドファンディングは、想定していた以上に多くの方にご支援いただきました。出版社や取次の方はもちろん、今まさに書店の最前線で働いている書店員が支援してくださっていて、BFCへの大きな期待を感じました。自分が企画して多くの人を巻き込んできた分、「絶対に成功させないと」というプレッシャーを感じています。ですが、いきなり大きいイベントとして成功させるのは難しいので、まずは小さな規模でもいいので継続開催することを目標にしています。ベスト10に入選したフェアは画像付で公式HPに掲載するので、回を重ねるごとに優れたフェア企画のノウハウが蓄積されていきます。それを見てインスパイアされ、新しいフェア企画を考える書店員があらわれるかもしれません。

とにかく継続させることが大事なので、2回目、3回目とずっと続いていくものにしたいです。正直、かなり労力がかかる企画ですでにへとへとですが(笑)、応援の声は本当にたくさんいただいています。中には自ら協賛を申し出てくださった企業さんもありました。実行委員の皆さんと協力して、より良い企画にしていきます。

疲弊する書店員を励まし、ともに戦う

ーー自分が作ったフェアを全国に知ってもらえる機会になるということもあり、書店員の方の意識が大きく変わるイベントになりそうですね。書店員さんからの反応はいかがでしたか?

エントリーしてくれた書店員の多くに「こういう企画を考えてくれてありがとうございます」と言われるので、企画して良かったのかなと今は思っています。ですが、私が今、何より感じているのは、疲弊している書店員の現状です。特にコロナ禍以降はどうしてもタイトなシフトになってしまい、レジと品出しと発注で1日が終わり、品出しすらもままならない日もあります。

そんなギリギリの状況で、「フェアに割ける時間なんかない」と思っている人がほとんどだと思います。しかも今回は、エントリー期間が繁忙期の12月。そんな厳しい状況の中でも、積極的に参加してくれる方はいました。余計な労力がかかるだけだと誤解されることもあるかもしれませんが、熱い思いを持ってエントリーしてくれる書店員が全国にいることに励まされ、胸を打たれました。エントリーはしていなくても、同じように熱い思いを持った書店員はきっとたくさんいると思います。

書店を元気にするためには、書店で働いている書店員を元気にしなければならないと思います。そのためには労働環境の改善や賃金アップなど、根本的な解決方法を模索することが重要だということは重々承知しているつもりです。でも、それは私の力だけでどうにかできる問題ではありません。

なので、少しでも書店員を奮い立たせたり、モチベーションにつながったりするような企画ができないかと思い、BFCを立ち上げました。おかげさまで、企画の趣旨に賛同いただき、協賛くださる企業様も多くいますし、いろんな方から応援のメッセージもいただいています。とにかくこの王座を継続して開催していくことが重要ですので、ぜひ引き続き応援いただけると嬉しいです。

北田博充(きただ・ひろみつ)
大学卒業後、出版取次会社に入社し、2013年に本・雑貨・カフェの複合店「マルノウチリーディングスタイル」を立ち上げ、その後リーディングスタイル各店で店長を務める。2016年にひとり出版社「書肆汽水域」を立ち上げ、長く読み継がれるべき文学作品を刊行している。2016年、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)入社。現在、梅田 蔦屋書店で店長を務める傍ら、出版社としての活動を続けている。著書に『本屋のミライとカタチ』(PHP研究所)、『これからの本屋』(書肆汽水域)、共編著書に『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、共著書に『本屋という仕事』(世界思想社)がある。

▼ブックフェア・チャンピオンシップ(BFC)公式サイト

▼BFC公式X
https://x.com/BookFairCP

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