見出し画像

その幸福はどうやって見つけたのか?


知ったかぶりの羊たち

 たまに言ってくる人が居る。「可哀想な人だ。」と。何故そのように言ってくるのかと言えば、その人は自分こそが幸福だと信じて疑っていないからだ。

 しかし俺は、こう返す。「あなたの幸せは、あなたが造り上げてきたものですか?」と。大体の場合は、「もちろんそうだ。」という答えが返ってくる。しかし、次の質問でその信念は最も簡単に疑問に変わる。

「今の幸せ以外の人生を実行してみたことはありますか?」

 本当に賢い人は気付くのである。寝かしつけの親の歌に始まり、幼稚園での紙芝居や絵本、そして義務教育で教えられたこと。それらが洗脳ではないかということに。

 ここまで読んで「何を馬鹿なことを言っているんだ。当たり前じゃないか。」と思ったならば、洗脳を解くことは出来ない。そして俺とはご縁がない。そのような人が選択している人生は、自分自身で歩んで来たと思っているだろうが、単なるプログラムのようなものでしかない。

映画matrixの意味とNPC

 別に何も異世界があると言っている訳ではない。ま、無いとも言っていないのだけど。あなたが幸せだと感じる今は、どうやって出来たものでどうしてそれを選択したのか。それが分からないのであれば、NPCを続けるしかない。赤いカプセルを飲む選択の段階に辿り着くことは出来ない。

スピリチュアルとオカルト

 そしてもう一つ、大切なことがある。このことをスピリチュアルやオカルトに置き換えているようでは、ちょっと変わった人ではあるが、真理に近付いているとは言えない。スピやオカルトは、混ぜるな危険なのである。何故なら真理から遠ざかるからだ。

 何故、そういったものは隆盛が絶えないのか。そのようなものを散りばめることで多くの人間の人生を削ることが出来るからだ。

非現実的や非常識の中で知る

 俺が発見したことを論じるのはやめよう。もちろん幸福というのは、人それぞれの感じ方である。しかしそのことだけで、書くのをやめるわけではない。

 常識の中の幸福ではない、オリジナリティの幸福を見つけるのは、何段階も真理を越えて行かなければならないから、他責な人間に説明することをしてはいけないのだ。

 そこへ向かうか、向かわないか、赤いカプセルを選ぶのか、青いカプセルを選ぶのか、自分自身が選択するしかない。