【読書】古事記転生
出版情報
タイトル:古事記転生
著者:サム(アライコウヨウ)
出版社 : サンマーク出版 (2023/6/29)
単行本 : 287ページ
人気YouTuberの初小説
著者のサムは名古屋でカフェやバーを経営しながらYouTuberをしている。登録者数49万人のTOLAND VLOG は立派な人気番組と言えるだろう。聞き役のマサキのおとぼけ具合がいい味出している。神話・伝説の「本当のところはどうなのか」をさまざまな考察や推測、推理を加えながら発信している深掘り系。「本当のところ」といっても史実そのものを歴史学者のように探すわけではない。歴史学会などの学際に認められている文献だけを頼りにするのではなく、いわゆる偽書と言われるもの、現地調査、なかなか出会えない人々との出会いや各種情報なども積極的に考察に取り入れている。返す刀でスピリチュアル系・都市伝説系もほんのちょっと、といった感じか。
予備校講師&著述業YouTuber茂木誠氏も『観ている』とのことだったので、なんらかの共鳴する部分はあるのでは、と思われる。
この小説の主人公のひとりは古事記に登場する大国主(オオクニヌシ)であり、『若い人にもっと古事記や日本神話を身近に感じてほしい』『人とのつながりや祭、伝統を大切にして欲しい』『日本は昔から人にとって大切なことをごく自然に大切にしてきた』…そういったことが伝わるように願いを込めながら書かれたのではと感じさせる。そしてもうひとりの主人公は現代を生きる若者サムだ。主人公の名からも分かる通り、小説という形をとりながら著者サムが主人公サムを通して、なぜTOLAND VLOG を始めたのか、どんな思いが背景にあるのかを書いた本でもあると容易に読み解け、その期待を裏切らないすばらしい出来栄えとなっている。
本書のテーマは個人の成長、国の成長、日本神話は成長に役立つ物語
アマゾンで古事記と検索すると、意外にたくさんの口語訳や原作に忠実な漫画が、いろいろな人によって訳され描かれ出版されていることに気づく。古事記は隠れた人気作品なのだ。その中で、本作品は「神話・伝承」の人気ランキングで2位につけている。上記の著者の願いが多くの人々に通じた結果だろう。
本書では現代人が古事記の時代に転生し、何を見るのか、何を感じ、どう成長していくのか、個人の成長とは、国として成長していくとはどういうことか、わだかまりを解いていくこと、本当のwin-winの関係とはどういうことなのか、読みやすく、わかりやすい物語の中で各種大きなテーマが展開されていく。特に物語の後半が濃い内容になっている。若い人だけでなく、大人も気軽に楽しめると思う。ぜひ秋の夜長に手に取ってほしい一冊だ。
大国主の話は兄神たちにいじめられているみそっかすの弟神が国を統治するようになる成長の物語なのだが、本書は1990年代以降に始まったいわゆるスピリチュアル系の成長の物語の味つけもされていて、「あ、古事記ってそういう素材にもなり得るんだなぁ」と気づかされた。さらに一歩踏み込んで「日本らしさとは何か」その上で「日本を超えた普遍性とは何か」にも(著者サムが意識しているか否かはわからないが)応えよう、あるいは今後みなで考え応えていけるようにしよう、としているように感じられる。あるいは「今日本に住んでいる私たち僕たちが成長していくってどういうことか」「今その過程の中でつながりを築いていくってどういうことか」さらに「その過程の中で良きものを発信していくってどういうことか」に開かれようとしている、という感じ…。一言で言えば意欲作なのだ。
次章以降はネタバレを含むので、おまけに飛びたい方は目次を利用して欲しい。
もう十分スピリチュアル系や自己啓発系の本は読んできた、という人は『国って何?:大国主の国づくり その1』や『二元論に陥らずに敵と対峙するとは:本当のwin win』など、興味関心によって、良さそうなところまで飛んでください。
そしてあらかじめここでいっておく。この物語を書き発表してくれたサムに感謝します、と。
*ここからネタバレあり*
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個人の成長:サムの成長、大国主の成長
物語の導入部分のあらすじは…現代を生きる若者サムが兄をかばって死にかける。そしてどうしたはずみかお兄さん神=八十神(ヤソガミ)にいじめられているナムチの人生に転生する。ナムチは大国主と呼ばれるようになる前の弱虫神様の名前だ。みんなが知っている因幡の白兎の物語。その白兎を助け、姉神アマテラスと一悶着起こして今は根の国に住まう乱暴者の神様スサノオに無理難題を出されながら、いろいろな人や動物たちから助けを借りて…と物語が進んでいく。
訳のわからない状況に放り込まれ混乱する主人公を導く狂言まわしは、奇魂幸魂(クシミタマサキミタマ)のタマちゃんだ。スピ系の言葉でいえばハイアーセルフといったところだろうか。
成長の物語で得る財宝は金銀宝石ではない。気づき、だ。それによってわだかまりが解消し、自らの心の器(うつわ)が広がること。以下、主人公たちが得た気づきやタマちゃんたちの重要なセリフを挙げていく。
タマちゃんは陰陽太極図を示しながらこの世の理(ことわり)を説いていく。
なかなかに耳が痛い。
自分の気持ちに気づくことが第一歩。そしてその先に課題への気づきがある。
サム=ナムチは兄神
である八十神に殺される直前、「自分は兄貴に嫉妬してただけだ、本当はただ笑って一緒に過ごしたかった」p66と気づく。これも素晴らしい気づきだ。サムは後にさらにもう一段深い気づきに至る。
タマちゃんは話を続ける。
まず、サムの良いところを褒めてから、人が陥りがちで、なかなか抜け出せない心の状態について語り始める。
物語は後に、この伏線を回収する。
国って何?:大国主の国づくり その1
見事スサノオの出す難題を解消・解決したナムチ。スサノオの娘と結婚する資格を得た。それはつまりスサノオの後継者となり、スサノオが行おうとした国づくりをナムチ自身が引き継いで行っていく、ということだ。
では国づくりとはどういうことだろう?
これは左翼が泣いて悔しがる国の概念だろう。そして大東亜戦争以降、壊れてしまった『国』の概念だ。壊したのはGHQだ、という物言いもあるが、私は『王政復古』(明治維新)の時点で、いったん『大御宝の集合体としての国』が少なくともいったんは壊れる可能性が高まったのではないか、と思っている。先人は一千年以上も政治的権威と宗教的権威(祭祀上の権威)を分けてきた。もしかしたら、弥生時代、縄文時代に遡ることができるほどに、これは大切な知恵だったかもしれない。それを放棄したのだ。何が起きてもおかしくない。そして、それを取り戻す可能性も、また、ゼロではない。GHQのせいなんかにしていては、可能性はどんどん低くなってしまうのではないだろうか。
現代を席巻している『今だけ金だけ自分だけ』の新自由主義。まさに「『自分自分!』って考える人間」のことだ。それは真の『国づくり』からは真逆なのだ、とタマちゃんはいう。
『今だけ金だけ自分だけ』を中和するには「自分で気づいて受け入れて努力して、少しずつみんなと一緒に進んでいける存在」が必要だという。
誰かひとりにその役割を押し付けるのではなく、みなが「自分で気づいて今まで受け入れがたかったものを少しずつでも受け入れられるよう努力する」「そういう歩みをみんなと一緒に進んでいく」ことができるようになる必要があるのではないだろうか。むずいケド。
そういう現代っ子サムがいろいろな困難を乗り越えたの末に到達した理想の生き方は…
そしてサムは大国主ができなかった、かつて自分をいじめた兄神たちを「許す」ことをする。古事記では怒りに任せて殺してしまった兄神たちを。そして改めて国づくりを行なっていく。
穢れと禊ぎ:イザナギの課題
改めて国づくりを行う前に、タマちゃんはイザナギとイザナミの国づくりをサムに見せる。
よく知られているようにイザナギは死んでしまったイザナミを助け出そうと黄泉の国に向かうが、そこで「見るな」と言われていたイザナミの姿を見てしまう。すでに腐敗が始まっていたイザナミの姿に驚き、イザナギは逃げ出した。
そしてあの世とこの世の境、黄泉比良坂(よもつひらさか)に来るとイザナギは大きな岩で道を塞いだ。2人は今度こそ別れを告げる。というか、もう2人は別の世界に住んでるんだ、ということをお互いに受け入れる。
驚いたことに、この黄泉比良坂が島根県に実在するのである!ホント不思議の国、ニッポン。
黄泉の国から戻ったイザナギは川に入って禊ぎを行う。死の穢れを払うためだ。
西洋の話にあるパンドラの箱。あらゆる禍々しいものが箱から飛び出して世界に飛び散っていく。そして最後に『希望』が箱に残り、それさえもが世界に飛び去る…。どこか、ヤソマガツヒ、オオマガツヒと似ているお話だ。すべてを払い清める女神も世に放たれていく。
イザナギとイザナミの黄泉比良坂での別れ。
イザナギは『死も醜さも受け止めきれなかった自分へのどうしようもない怒り』さえも受け止めて、立場や姿は変わっても、変わらずにあるイザナミの大きな愛も噛み締めて涙を流し続けるp167。そして禊ぎを続けると左目からはアマテラスが、右目からはツクヨミが、鼻からはスサノオを産が生まれる。
国の成長を促す教え:大国主の国づくり その2
十数年ほどの時間が経過し、大国主は息子の少彦名命(スクナヒコ)と国づくりを行なっている。スクナヒコによると大国主は『天から授かった国づくりの教えを世に広めるために国中を回って』いるp178。
なんだか、アメリカの伝説、ジョニー・アップルシードみたいだ。彼も神の教えをリンゴの種を植えながら伝えている。ジョニーは実在の人物らしいのだが。
大国主とスクナヒコは日本各地を巡っていく。そして、現代のサムは驚く。
大国主の主な教えは下記の通り。
サムの気づきは深まり、1番の課題に気づいていく。
そしてタマちゃんは感情のもつれ、わだかまりの解消の仕組みを解説する。
タケルは兄神たち=八十神のひとりだ。
この部分と、これ以降はぜひ、本書を読んで欲しい。本書を読むことでサムと大国主の人生を読者自身が生きることができる。それが著者サムの願いであるに違いない。
二元論に陥らずに敵と対峙するとは:本当のwin win
古代に生きるサム=大国主。自分をいじめ抜いた兄神たち=八十神によって、一緒に国づくりをした息子のスクナヒコが殺されてしまう。だけれど、古事記の記述とは違ってサム=大国主は八十神を許す。「おまえを殺さない代わりに、オレの目の前から消えてくれ」といって。
現代に戻ったサム。自分を刺した男と対峙する。それは相手を敵として認識して対峙するのではなく、心の重荷を抱えている相手から逃げてしまった自分の弱さを謝りたい、と伝えるために。もうそれは許すとか許さないとかを超えている。法律や常識を超えた『自分はどうしたいのか』に向き合った上での行動。自分の弱さを認めそれをオープンにした上で、相手との間で展開されるものに委ねていく。こちらにわだかまりがなくなると、相手は相手の咲かせたい花を咲かせ始める。男は自首を選択した。
タマちゃんはいう。
出来事は誰の視点で見るかによって、如何ようにも評価が変わる。そういう観点に立てば、『敵』という言葉がすでに視点を固着させていることに気づく。敵・味方という二元論の世界に陥っている、と。もちろん、人生の時期・状況・場によっては、そういう見方が必要なこともあるかもしれない。だが、いつもいつもそういう視点に固着する必要もない。出来事は球体であって如何ようにも視点をとることができる。評価軸は「自由に」決めてよいのだ。
あらゆる視点の向こうには自分を含めて人がいる。人の心が評価軸を定めている。その心がどんな心であろうとも、『陰も陽もどっちも受け入れて大切に拝む』。なかなかできないことだが、カギとなるのは「自分がどうしたいか」だと物語は伝える。
…そして次なる試練がサム=大国主を待ち受ける。次章はネタバレ中のネタバレになる。飛ばしたい人は*ネタバレ中のネタバレはここまで*まで、飛ばして欲しい。
*ここからネタバレ中のネタバレ*
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この世界線の国譲り:タケミカヅチとの対決
大国主の国づくりがうまくいっていることを天上界から見ていたアマテラスは「ん?スサノオを追放した葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)がいい感じになってきたのう。そろそろ返してもらおうぞ」と、配下のタケミカヅチを葦原の中つ国に送る。
タケミカヅチは浜辺に降り立つと、大剣を一振り浜辺に逆さに立てて、その切先の上であぐらをかいた。剣は支えもなく自立している。古事記の中でもなかなかに映えるシーンだ。
タケミカヅチとサム=大国主の対決を見ていこう。タケミカヅチはいう。
大国主の息子のコトシロヌシがいう。(大国主には、八十神に殺されたスクナヒコ、タケミカヅチに殺されたタケミナカタ、そしてこのシーンではコトシロヌシが大国主のそばに仕えている)。
大切な教えが隠される時代が訪れようとしている。決断はサム=大国主にかかっている。サム=大国主はタケミカヅチと対話をはじめる。
これこそ、現代人が陥っている考え方だ。だがサム=大国主は反論する。
タケミカヅチとサム=大国主勢の力は拮抗している。サム=大国主はスクナヒコと行った国づくりを思い出す。
これは『共産主義』ではない。『共産主義』はむしろ共産党による独占・独裁のための装置だ。むしろ経済人類学者ポラニーの『大転換』にある考え方に近いのではないか。
勝負はついていない。先送りになったのだ。その舞台が現代である。
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*ネタバレ中のネタバレはここまで*
サムが大国主に託されたこと
物語の最後の方で主人公サムは、もう一人の主人公大国主と対話する。そこで大国主はサムに言う。
それはどうやって?サムは問う。大国主は答える。
そしてサムに現世でなすべきことを具体的に示す。
また、大国主は真実の一端を伝える。
最後に大国主は、大国主が伝えることのできる最大の教えを述べる。
現代の若者、サムの国づくりが始まる。
私はまだ、『迷ったら”タネを見よ”!』について腹落ちしていない。だが、これをナゾのタネとして育ち見守ろうと思う。
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*ネタバレはここまで*
成長の物語で得る財宝は金銀宝石ではない。気づき、だ。それによってわだかまりが解消し、自らの心の器(うつわ)が広がること。
引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。
おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために
ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。
著者サムのYouTue番組 TOLAND VLOG。聞き役のマサキもいい味出してる!
たくさん動画をアップしているうち、日本神話をテーマにした動画の再生リスト。
絵がかわいかったので。
この人の口語は、味わいがあります。
なんか評判よかった。意外に原作に忠実とあったので。
アマゾンで古事記で検索した結果。
パウロ・コエーリョ。第10の予言。アミ〜。もっとあると思うけど、思い出せた懐かしの物語たち。
これをきちんと読みたいと思って、このブログを始めたようなものです。残念ながら、まだ満足いくようには読めていない。