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【読書】月の裏側(日本文化への視角) その2

出版情報

  • タイトル:月の裏側(日本文化への視角)

  • 著者:クロード・レヴィ=ストロース

  • 翻訳:川田順造

  • 出版社 ‏ : ‎ 中央公論新社 (2014/7/9)

  • 単行本 ‏ : ‎ 176ページ

著者略歴

著者レヴィ=ストロースは著名なフランスの文化人類学者で、代表的な著作は『悲しき熱帯』である。婚姻関係をはじめとする他グループとのやりとりには規則性(構造)がある、と提唱した。構造主義の第一人者でもある。残念なことに2009年に100歳でお亡くなりになっている。生まれたのは1908年。

日本が世界に還元するもの

 幼い頃に日本に恋した著者は、著名な文化人類学者となり、69歳になって初めて来日した。財団に招聘され講演をしたり研究や視察のため、短期間の滞在だ。すでに文化人類学と構造主義の第一人者であった著者ではあるが、日本語はしゃべれないし、日本に関しては翻訳本を通してしか、古典そのほか一次資料に当たることはできない。
 それでも、視覚芸術、音楽、料理は直に体験することができる。幸い日本には、伝統的な演劇、グラフィックアート、浄瑠璃や古典芸能、地方に残る各種祭祀、懐石料理をはじめとする日本料理など、著者の関心を惹くものが目白押しだ。もちろん文献だって、翻訳とはいえ、日本人の私なんかより、ずっと深く読み込んでいて造詣も深い。
 その上で著者は、(縄文期を含む)古代日本から民族的には均質で、言語と文化は多様であったという。そして大陸の周縁に位置し適度に離れている地理的条件から考えると、他の地域から技術や文化的要素を借用し、それを統合し、独創性が生まれた。そのプロセスを今日までずっと繰り返してきた。それが世界の中での日本文化の位置と役割だ、と。

極めて古い時代に、比較的等質性の高い民族のタイプと言語と文化を形成するのに貢献したに違いない要素の多様性を考えると、日本は何よりもまず、出会いと混淆の場であった借用と綜合、混合と独創とを交互に繰り返してきたことが、世界における日本の位置と役割とを言い表すのに、最もふさわしいように私には思われます。

月の裏側 p24-p25

さらに、日本文明は今まで他所から一番いい部分をうまくフィルタリングして取り入れて、独自性を失っていないのだから、世界に還元するものが、あるのだよ、と著者は述べている。

このように、日本文化は、東洋に対しても、西洋に対しても、一銭を画しています。遠い過去に、日本はアジアから多くのものを受け取りました。もっと後になると、日本はヨーロッパから、さらに最近では、アメリカ合衆国から、多くのものを受け取りました。…それらすべてを入念に濾過し、その最上の部分だけを上手に同化したので、現在まで日本文化はその独自性を失っていません。…日本文化は東洋に社会的健康の規範を、西洋には精神的健康の規範を提供しているからです。今度は借り手の側になったこれらの国々に、日本は教訓を与えなければならないのです。

月の裏側 p40

東洋に社会的健康の模範を、西洋には精神的健康の模範を示すときが来ていますよ、と。

社会的健康・精神的健康

 著者のいう「社会的健康の模範」や「精神的健康の模範」って何だろう?
 著者が来日した80年代後半、それから90年代にかけて。当時はまだアジアは貧しい国も多かった。別に上から目線で言うわけじゃないけど、国によっては時間にルーズだったり、テロを含む犯罪も今より多かったりした。だから著者が日本に対して「東洋の社会的健康の模範」となるように、といったのは「社会の健全さの模範」という意味だったかもしれない。「経済的ゆとりや社会インフラや政治的安定、犯罪の少なさ、勤勉さや教育の充実や少しばかりの時間に対する厳格さ」。そんな意味だったのかも。
 では「西洋の精神的健康の模範」となるように、とは。「行き過ぎた個人主義や道徳心を捨てた金儲け主義、信仰心の欠如、何か根源とつながっていない感じ」。そういうのとは真逆のこと。つまり「思いやりや心の健康の模範」そんなところ、かな。
 著者が来日していたのは、バブル崩壊前でジャパンアズナンバーワンと言われていた頃だ。失われた30年を生きている今の日本に「教訓を与える側になれ」というのは、ちと荷が重い気がする。「社会の健全さ」も「思いやりや心の健康」もそもそもレヴィ =ストロースは買い被りすぎているみたいだし、あの当時だって、そんなにあったとも思えない。あったとしても、ずいぶんとすり減ってしまっているように思う。
 それでも、当時も今も外国人の日本と日本人に対する評価は驚くほど似ている。

日本を訪れる外国人は、各自が自分の勤めをよく果たそうとする熱意、快活な善意が、その外来者の自国の社会的精神的風土と比べて、日本の人々の大きな長所だと感じるのです。

月の裏側 p128-p129

つまりこれはおもてなし精神の著者なりの表現だろう。何かを求めてやってくる訪日外国人たち。インバウンド。みな一様に日本の治安のよさと静けさとおもてなし精神、人々のやさしさに感動している。少しは与える側、になれているのかもしれない。日本がよくなったようには思えないけど。経済発展は取り残されたし「今だけ金だけ自分だけ」に染まってしまっているけど。世界の他の国や地域はもっとずっと早く落ちている側面もあって、ひょっとして相対的に見て「日本はマシ」な部分もあるのかもしれない。だけど、それを自覚的に努力して残さなければ、取り返しのつかないことになりますよ、と早くも1988の時点で著者はやんわり警告してくれていたのかもしれない。

引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。

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