【読書】MMT講義ノート:貨幣の起源、主権国家の原点とは何か その4
出版情報
タイトル:MMT講義ノート:貨幣の起源、主権国家の原点とは何か
著者:島倉 原
出版社 : 白水社
発売日 : 2022/6/1
単行本(ソフトカバー) : 268ページ
大学の講義がコンパクトに
著者 島倉 原はクレディセゾンのアナリストだ。そして官僚であり評論家でもある中野剛志と組んでMMTに関する本をいくつか上梓している。その島倉による早稲田大学での講義を書籍にまとめたのが本書だ。MMTを理解するのに適切な本だと思う。これからの日本を担う若者が学ぶのにふさわしく、六章あるうちの最後の二章は日本の現状と日本のこれからについて書かれている。
本記事は、本書 MMT講義ノートを紹介する一連の記事のうちその4である。第五章 何が長期停滞の原因かーーMMTで読み解く日本経済 を紹介していく。
【読書】MMT講義ノート その4 第五章を中心に
本書の内容は潤沢で読みやすい。ご興味のある方はぜひ本書 MMT講義ノートに直接当たってください。
この記事は、まずは自分のためのまとめである。ご了承ください。
目次を貼るのでご希望の場所に飛んでください。
言葉の定義
最初に本記事でよく使う用語の定義をしておこう。経済に強い人は、「いまさら」と思う用語ばかりだろうが、私はゼロからの学びなのでご容赦ください。
【定義】GDP、実質GDP、名目GDP
GDPには、実質GDPと名目GDPという2つの定義がある。日銀の定義を引用しよう。
著者 島倉は名目GDPについて「生活実感に近い」と述べているp161。実質GDPは上の引用にあるように「景気判断や経済成長率をみる」場合に重視される。
【定義】GDPデフレーター、GDPデフレーター前年比
GDPデフレーターは下記のような式によって定義される。
経済が縮小傾向(デフレ下)あれば1より小さく、経済が拡大傾向(インフレ下)にあれば1より大きい。
著者 島倉はGDPデフレーターの前年比((%表示)実際にはそこからから100を引いたもの)も用いている。これがプラスであればインフレ圧力があり、マイナスであればデフレ圧力があることになる。
【定義】製造(工)業生産能力指数、賃金指数
GoogleのAIの回答を掲載する。
何が長期停滞の原因かーーMMTで読み解く日本経済
ノーベル賞学者も間違ってる!
2019年にノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンがMMTにケンカを売ったを批判した。「機能的財政は何が間違っているのか?」と題するコラム記事をニューヨーク・タイムズに寄稿した。
これは「「国債残高を気にするのは無意味であり、財政は赤字がむしろ正常である」というMMTの主張を真っ向から対立するもの」だp150。クルーグマンは「GDPに対する政府債務の比率が上昇するにつれて、インフレ圧力が高まることも暗に示唆」しているp150。
このケンカを買った記事に反論したのは、ステファニー・ケルトンだ。ブルームバーグに「現代貨幣理論は破滅への処方箋ではない」と題する記事を掲載した。なんとノーベル経済学のクルーグマンに対する反証として日本の状況を挙げたのである。「日本のGDPに対する政府債務の比率は300%に達しそうなほど上昇しているが、金利は低水準にとどまり、プライマリー赤字も特に問題なく継続している」からだ。
実際の日本の状況を著者 島倉はデータにて確認している。それをまとめたのが下記のグラフである。
政府純債務が高水準であるにもかかわらず、国債の長期金利は低水準、またプライマリーバランスも赤字を続けており、デフレ指標もデフレであることを示している。ケルトンの言う通りだ(註:ケルトンは「粗債務」をベースにしているが著者 島倉は純債務を採用している。「純債務の方が議論に適切」とのこと。純債務=債務ー金融資産。また下図の政府とは地方自治体も含むGDP統計上の「一般政府」を指している)。
この日本の状況を主流派経済学では説明できない。たとえノーベル賞受賞者であろうとも。
だがMMTによる説明は容易だ。「通貨主権国である日本では政府が債務不履行になることはあり得ないので、政府債務対GDP比の上昇が債務不履行リスクの上昇と認識されることはなく、国債金利が高騰することはない。日本の場合、経済が停滞して低金利である上に、日銀が大量の国債を買い進めた結果通貨は十分に市場に出回っているので、高金利でお金を借りる動機がない」p153。そしてたとえ市中に通貨が出回っていても「需要不足」であれば、その通貨を使って設備投資などをしようという企業は現れず、インフレどころかデフレ傾向が続く、と言うわけだp154。
続く各項目では、島倉はグラフを多用して、実際のところ、どうなのか?を丁寧に説明している。
そこで、本記事では需要不足こそが失われた30年の原因、日本の財政政策の失敗という大項目を立てて、p154以降の本書第五章の内容を紹介していく。上記で引用したようにMMT講義ノートの各項目はどれもが興味深い。ご関心のある方はぜひ直接本書にあたって欲しい。
需要不足こそが失われた30年の原因
財政赤字は「インフレの原因」ではなく「デフレ圧力の結果」
主流派経済学者(や財務省)の財政赤字を問題にする姿勢。その懸念の一つは「ハイパーインフレが起きる」というものだった。だが、日本は財政赤字を続けていても、数年前までハイパーインフレが起きる気配もなかった(ここ数年のインフレは海外からの各種輸入品高騰とそれに伴うコストプッシュインフレ(供給側要因によるもの)であり、健全なインフレ=需要不足解消によるものとは意味合いが異なる)。
島倉は、というかMMTの見解としては、
景気後退時に財政赤字が増える傾向は2008年のリーマンショック時も、1930年代の大恐慌下の米国でも見られた(日本では1929年から1933年まで緊縮財政が行われたにもかかわらず)。GoogleのAIも内閣府WEBの内容を参照しながら、下記のように言っている。
不況時は非政府部門が特に支出を控えるときである(それが続くのがデフレ=経済縮小である)。だから政府部門が支出を増やさざるを得ない。
だから本来であれば、政府部門の赤字を減らすことを目的にして緊縮財政をするのではなく、非政府部門が健全に経済発展できるように、出すところは出していくことが望まれるところである。
1997年がターニングポイント
著者 島倉は下図を示して、1997年がターニングポイントとなっていることを結果から示している。
1997年はアジア金融危機が起きた年である。そのこととの関係までは踏み込んで言及していない。ちなみに、「アジア金融危機 ソロス」で検索するとGoogleのAIは下記のように回答してくれる。
需要不足以外の要因では長期停滞を説明できない
著者 島倉は、GDP、企業活動(日米製造業生産能力指数)、就業環境を観察した上で、「いずれを見ても有効需要の不足が長期停滞を招いていることがわかる」p167と結論づけている。GDPについては上記のグラフを分析している。企業活動については、下記のグラフを掲載している。
ひと目で米国は生産能力指数が上がっているのに、日本は停滞していることがわかる。これは「製造業が投資をして生産能力を増強しようという意欲が持てない」ことを意味しており、つまり需要が日本国内にはないのだp163。
労働環境についても悪化していることが下図よりわかる。
緊縮財政こそ長期停滞の真因
著者 島倉は下図を使って、財政支出と経済成長の関係を説明している(一連の記事では同様の図を【読書】MMT講義ノート その0 プレ記事でも示している)。
下図からわかることは名目政府支出伸び率と名目成長率には明かな相関関係があり、日本ほど、財政支出を増やしていない国はない。財政支出を増やし続けることが国の経済を成長させる。
金は天下の回りもの。政府の財政赤字の黒字化目標がいかに愚かか下図を見るだけれわかるというもの。
日本の財政政策の失敗
MMTの日本経済への処方箋
繰り返しになるが、著者 島倉は日本経済の停滞について、GDP、企業活動(日米製造業生産能力指数)、就業環境を観察した上で、「いずれを見ても有効需要の不足が長期停滞を招いていることがわかる」p167と結論づけている。
そしてその上で、MMTが提案する日本経済への処方箋は下記のとおりである。
的外れな主流派経済学の処方箋
ところが主流派経済学では、
としている。そのため、多くの主流派経済学者たちが
著者 島倉はこう続ける。「日本経済が長期デフレに苦しんできたことからすれば、問題が供給側ではなく需要側にあることは明らか」であり、主流派経済学の分析や提言は供給側からのアプローチであり「的外れなもの」にならざるを得ない、とp168。
そして「的外れな処方箋が効果を発揮するはずもなく、日本の需要不足は解消されずに長期停滞が続いて」いることになったp168。構造改革罪深し!!
アベノミクスとは
今さら感が強いが、アベノミクスを説明しておこう。なぜなら、アベノミクス抜きには、功罪含め、ここ30年の日本経済を語ることはできないからだ。概要は下記のとおり。
主流派経済学の間違いを踏襲し日本経済を台無しにしたアベノミクス
さまざまな評価のあるアベノミクスであるが、本書の著者 島倉は下記のように「アベノミクスは失敗である」と一刀両断している。
著者 島倉は下記の図によってアベノミクスが大胆な財政出動どころか財政拡張トレンドに水を差した証左としている。
補正後公的支出とは、GDPに計上されている公的部門の消費と投資の合計から、一般政府の固定資本減耗を減算し、補助金を加算したものである。純公的支出とは補正後公的支出から生産・輸入品に課される税を減算したものである。下図から分かるように2012年末から始まったアベノミクス前後で補正後公的支出のトレンドは変わっていないが、純公的支出のトレンドはアベノミクス後にかなりヘタレている。つまりアベノミクスによって公的支出の増加が抑え込まれていることがわかる。
長期停滞脱却の展望は開けつつある?
本書が書かれたのは2022年であり未だ新型コロナの危機の最中と言っていい時期だった。そうした状況を著者 島倉は下記のように分析している。
ケインズ主義的政策が何であるかは、別で述べるとして、上のような現状分析から、島倉は次のように続けている。
まさにこうした流れが確実にきていると言えるのではないだろうか?先の衆議院選挙(2024年秋)では「手取りを増やそう」というスローガンを掲げた国民民主党が議席を伸ばし、多くの国民に「財務省の緊縮路線は行き過ぎなのではないか?」という問題意識が行き渡ったように思う。にもかかわらず、財務省は相変わらずの緊縮ぶりであり、その手先のような国会議員(自民党 宮沢税調会長)が財務省の権力の上であぐらをかいている構図が炙り出されている(基礎控除178万円で合意していたはずがフタを開ければ123万円で「誠意を見せた」という民意からかけ離れたコメントを残している)。さらに、まだまだ小さな動きではあるものの「国民の敵 財務省」「財務省解体」まで叫ばれるようになっている。今度、どのように政治運営がなされていくか2025年が正念場なのかもしれない。
解雇の規制緩和の間違い
本書では、雇用の規制緩和についても「間違いだ」と断じている。少し引用しよう。
まさに雇用規制の緩和が現在話題になっている!自民党総裁戦で争点の一つになっていたようだ(自民党総裁選で話題になった「解雇規制の緩和」)。
著者 島倉の意見を見てみよう。
現在は国内需要が旺盛ではないので、雇用負担が増しており、雇用規制緩和に意見が傾きがちだ。特に、企業側や経営者は。その上で島倉は、
と述べている。こういうのがマクロな視点、本当の意味での長期的な視点ではないだろうか?安易に人材を切って捨てるような国にはなってほしくないと思うのは、私だけではないはず。みなさんはどう思われますか?
経済ミニコラム
終戦直後のハイパーインフレはなぜ起きたのか?
これはミニコラムのような形で、著者 島倉が話題にしていた項目だ。日本人であれば、MMTが戦争直後のハイパーインフレにどのような見解を持っているか、知っておいても損はないだろう。
一般的な俗説としては、戦時国債(赤字国債)を乱発し、マネー供給が増大したから戦後のハイパーインフレが起きた、というものだ。だから現在主流派経済学では財政赤字を恐れているし、日本ではそれが財政法第四条に刻まれている。しかしもっと詳細に見てみると下記のようになる。
【戦時中の財政赤字】
政府は戦時国債を発行するも国民生活はデフレ経済であった。
これは現在デフレ化で企業の黒字が増えているとよく似ている。
現在は企業が投資意欲が湧かないので黒字が増えているが、当時は家計では買う物資がないし、しかも購買意欲をプロパガンダで抑えていた。
そして島倉は下記のように結論づけている。
【戦後のハイパーインフレ】
戦後のハイパーインフレの要因を島倉は次のように説明するp192-p193。
(1)1946年度のインフレをもたらした最大の要因は、それまでの経済統制の反動
1945年11月に生鮮食料品の統制が撤廃される。
一気に需要が喚起され、生活の困窮もあって家計の貯蓄バランスはマイナスに。インフレが急激に進行する。
(2)敗戦による供給能力の崩壊
実質GDPは1944年から1946年にかけて4割強減少。
理由:空襲などによる生産設備の破壊や貿易途絶による原料不足、植民地からの超容赦や捕虜の離脱による労働力不足。
(3)敗戦による政府支出の急増(終戦処理費)
政府支出は1944年から1946年にかけて2.7倍に。その後も2年連続2倍のペースで急増。
理由:占領軍経費の肩代わり。「終戦処理費」という名目で。1946年度の戦後処理費は政府支出の4割強、1944年度の政府支出の1.1倍。
占領軍基地の建設費用、占領軍兵士の給与、兵士たちの住宅、娯楽施設の建設費用。これらが戦前の軍事費以上に費やされた。
うひゃー。現在「思いやり予算」とか言われているものが、戦前の飢えて疲弊している国民だらけの日本で強奪されるかのように実行されていたなんて!!鬼畜!!!って思うのは、私だけだろうか?でも、そんなことに抵抗すらできなくなるのが、戦争に負ける…ということなんだ…。
敗戦、あるいは戦争を背景にした上記3つの要因によって、第一次世界大戦後のドイツ、2000年代のジンバブエをはじめとした海外のハイパーインフレも説明できる。決して財政赤字によるものではない。そして島倉は下記のようにまとめている。
そして、主流派経済学者の「このまま財政赤字を続ければ日本は戦後のようなハイパーインフレになるぅ」という警告もまた、ナンセンスであると結論づけている。
ケインズ主義的政策
ケインズは言わずと知れた経済学の大家である。大恐慌の時代から1950〜1960年代までは各国でケインズ主義的政策が採用されていたという。だから米国も日本も大幅な経済成長を成し遂げたのだ。
では、ケインズ主義的政策とはどういうものだろう?GoogleのAIの回答は以下のようなものだ。
ケインズ主義的政策の特徴の一番目に「総需要を増やす財政・金融政策を行う」とあるのは、まさに島倉やMMTが述べていることそのものだ!!
なぜに主流派経済学はここに立ち返れないのだろう?
大恐慌への対応策に金融政策と財政政策を組み合わせる。これもまさにMMTの提唱していることだ。大昔にできたことが今現在できないとは!!!
そして高橋是清が影響を与えた可能性がある、と。うわーん。先人ができたことが今できないなんて〜〜〜〜〜。大蔵大臣ができて財務大臣ができないなんて〜〜〜。んで、高橋是清は日銀総裁でもあった!若い頃は奴隷として売られたこともあった、と。ご苦労された総裁であり蔵相であり首相も務めた高橋が大恐慌でも国民目線で政策を決定していた。うわーん。泣ける💧そして、昭和11年の「2・26事件」で、陸軍青年将校の凶弾に倒れた、と。一番日本を助ける働きをした高橋をテロで失うとは。なんたる皮肉!!高橋是清の生涯をぜひNHK大河ドラマで見たいものだ…。そしてぜひお札の顔に再び…。
財政法第四条
ここではGHQが憲法と共に日本弱体化のために埋め込んだと言われている財政法第四条を紹介する。この法律が「税を財源とし、赤字国債は公共事業(インフラ整備)に限る」という言説の根拠とされている。詳しい解説などはここでは行わない。興味を持った方は検索などして欲しい。
引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。
また、文言の間違い、表現のわかりやすさなど、随時訂正しています。ご了承ください
おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために
ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。
島倉原の著作
国定信用貨幣論
クナップ
表券主義=国定信用貨幣論の生みの親です。
ランダル・レイ
MMT研究の第一人者だそうです。本書の著者 島倉原が監訳している。
ビル・ミッチェル
有料記事ですが…。
藤井聡氏との共著。
ステファニー・ケルトン
有料記事ですが…。
負債論
貨幣理解の文化人類学的アプローチ。文化人類学から見てもMMTが主流派経済学よりまともである、と言っているように見えるのだが…。
ムギタロー
いちばんコンパクトにまとまっているMMT。お手軽に理解したい人に。