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『展開図』小島なお

 第三歌集。作者の持つ伸びやかさ、感性の良さに、名詞の持つ力強さが加わったことを感じさせる。
  オオミズアオに似ている白い夏の靴屈んで夜の玄関に拭く
  花の名はひとに教えてもらうもの稲の根元のナンバンギセル
  テーブルにLOFTの袋置かれあり黄色はこの世を生きる者の色

 蛾ではなくオオミズアオ、花ではなくナンバンギセル。それらの名前が一首の世界と読者の世界を繋ぐ鍵となる。読者は名詞を基点に、作中主体が玄関に屈み込んだり、人と並んで田の横を通る時の気持ちに重なることができる。三首目は祖父の死の際の歌だが、ただの黄色い袋ではなく、固有の店名入りの袋が、生きて外出し買い物をする家族と、死にゆく祖父との対照を際立たせる。
  死後の世界はないと唱えしホーキング博士は死にて車椅子残る
  隣席のしずかな寝息聞きながら映画の中のソビエトは冬

 固有名詞の力を最も強く感じた二首。天才科学者の即物的な発言と、その死後に残された車椅子。思想を元に国家を築きそして滅んだソビエトと、その時代の映画。失われてしまったものへの思いが、固有名詞を通して浮かび出る。
  献饌の猪頭(ししがしら)みな上向けり死の後も眼は野山を走る
  一枚布の空を支えし注連柱倒して未生の朝が現わる

 名詞の力を強く印象づけるのが、宮崎県西米良村の村所神楽を詠った連作「鋲」だ。詞書と固有名詞を多用して、小村の、歴史に燻されたような行事を、眼前するように描く。この連作を通して作者は名詞の持つ力を掴み取ったのではないか。小島短歌の大きな転換点となる一連だと思う。
  屈葬は石を抱いて眠ること死は石に沁み石は死に沁む
  きみからの手紙はいつも遠浅の海が展けてゆくようだ 夏
  絵のなかに絵の具眠れり雨の日は目覚めて匂う五月の校舎
  横顔のちいさい耳の暗穴は花火をうつす脳に続けり

 日常にある発見を豊かな語彙と瑞々しい比喩で表すのも小島短歌の特徴だ。一首目はイ・シ音の繰り返しがオノマトペのよう。二首目は第一歌集から変わらない清新な感性が光る。三首目は絵の具が眠るという発想が魅力。四首目は見えない脳を見る、詩人としての目を感じた。

2020.8. 角川『短歌』

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