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突然やってくる虚無について

虚無に襲われる事がままある。
誰かと居る時にも、1人の時にも。
周りの音が聞こえずらくなって、輪郭がぼやけると、襲われると言うよりやってくる。
もっと言えば顔を出す。姿を現す。
仮にその名を虚無くんとする。
何となく女の子じゃなくて男の子である。

彼はあまり喋らない。
現実の私のきっと反対だ。
しかし、喋るのが好きな現実の私だけれど実の所人見知りだし、興味のある話題でなければ舌は重い方な気がする。
ノるのは得意だし、ノってきたら止まらぬマシンガンなわけだが。

彼はポツリとたまに喋る。
年齢はどうだろう、10代ではない気がするがきっと歳上ではない。
なんとなく彼にももう1人の虚無くんが居ると思う。その子はきっとまだ10代にならない年頃だ。

目は前髪に隠れてみえない。重ための瞼をゆっくり閉じたり開いたりしている。その様子も、前髪が少し揺れることでわかる程度だ。
声は見た目に反して少し高い、そして細い。

雨の降りそうな夜、バイオリズムの波の中、遠い距離を感じた時、頭の中に言葉がぐるぐる回っている時、自分が立っているらしい場所が揺らぐとき、掌で顔を覆う時。
そんな時に彼が来ていることに私は気づく。

震える声でいつも
「寂しい」と呟く。
それと
「一緒にしないで」と。

一緒にしないで、の意味を考える。
私と一緒にということではなく、他の人と、という事だ。
僕の気持ちを、他の人と同じにしないで。
辛いのはみんな同じだ。あの人に比べたら。みんなそうだよ。
そう括らないで、と言葉足らずに呟く。

ただ私は彼に声をかけたことは無い。
何かを質問してくるわけじゃないから、こちらからも答える必要性がないのだ。
それに、仲良くなってしまったら彼と一緒になってしまう。
私は元より彼と私が一人の人間だということに気付いている。
虚無の姿が男の子である事は、その側面が自分にあるという事なのかもしれない。

「大丈夫だよ」「それでいいんだ」

そんな言葉をかけてあげたらいいんだと思う。ただ、これでも少しずつ距離は近付いている。まだ、触れられる距離ではないけど。
今までは彼を見て見ぬふりしていた。手に触れたら、肩を抱いたら、抱きしめたらきっと一緒になれるかもしれない。
でも怖いのだ。

彼と親しくなれば私はそれに甘えてしまう。
誰とも会うことは無く、ひっそりと虚無くんと生きてしまう。
そんな日があってもいいかもしれないが、ずっとそこから抜け出せなくなる。
だって彼は多分すごく私に優しいから。
とろとろに煮詰めて、溶かしてしまう。

私はそれを現実の誰かに求めている。
虚無くんに必要とされるよりも、触れて抱きしめてくれる方がいい。
彼は私を抱きしめることが出来ない。
私と同じで怯えている。
拒否されること、否定されること、必要とされないこと。
一人に戻ってしまえば、もしかしたら、私が主軸じゃなくて、虚無くんが今を生きてしまうかもしれない。
私は今の自分が好きなことにも気付いている。だから、必死に距離を取って入れ替わらないようにしている。
でも多分、虚無くんはそんなことはしない。

彼は、私と初めて視線を合わせて、満面の笑みで笑うのだ。多分涙が出そうな程幼い笑顔で、一緒にいてくれてありがとうと、きっとそう言う。

まだ私も彼も、呟く事しか出来ない。
私が言葉を紡げば、彼の言葉を聞くことが出来ると思う。
でも今は会話じゃなくていい。
彼が発していると思われる声にならない呟きを、耳を澄まして掬えばいい。
誰かに何かを求めても、その人がいなくなってしまえば居場所を見失ってしまう。私と虚無くんは一人づつ、この世の中に私たちは、私たちだけだ。誰もそれを離せないし、奪うこともできない。
きっとこの先何年も一緒に、死ぬまで生きていくのだから。それが平行線上だとしても、交わったとしても。
ひとつに戻っても彼は消えるわけじゃない。

今日も彼は私の隣にいる。
静かに少し頭を低くして、声をかけられるのを待っている。
私のさす傘に入らずに、雨に濡れて。

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