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過去・現在・未来を反芻して「創造」をしていく

少し時間をかけて執筆してみた

 i'm hereの展示会に行ってから早3週間が経つ。
その時感じたことをnoteに備忘録としてまとめておこうと思って、思ったことを書き連ね、記しておきたいと思ったことをメモし、伝える内容と伝え方を考え、と繰り返していて、なかなかまとめきれなかった。
日数が経つにつれて、まとめなければと焦り何度もまとめきろうとしたのだが、展示会で感じた大切な気づきをちゃんと形にしたいと思った結果、「このままあえて描き散らかし続け、まとめるべき時まで待とう」という気持ちになった。
実験的に意図して情報を描き散らかしてみた、というところだ。
やっとその「時」が来た直感がして、まとめるやる気が起きたので、このタイミングでまとめ切りたと思う。
創造するという行為について、自分の中で大事にしたい価値観がこの執筆を通して見えてきた気がする。
個人的な過去の経験や価値観など冗長的に記載している部分があるが、それを書きたいと思った今の気持ち含め、備忘録としても書き残しておきたい。

アパレルの展示会にお邪魔してみた

 まず、展示会に伺おうと思った理由について触れておきたい。
展示会を知ったきっかけは、知人からのお誘いである。
「創造的なことをしたい・表現をしたい」と、ふわっと望む私に何かいいヒントを与えてくれると感じている方が、「クリエイターがどういった過程を経て作品を創るか、その制作過程がわかるような資料を見してあげる」と言われたら、それは行くしかない。
方向性の見えずもがいている時期はとにかく行動だという思いもあり、友達の結婚式とかぶっていたが行くと即答した。(結婚式の後直行)

 ただ、上記理由だけで行くと即決したわけではなかったな、と後からになって思う。お誘いいただいたとき、琴線に触れる何かをもっと感じていた。
なので、その触れた琴線がなんだったのかをふかぼることで今の自分の道標になるヒントが得られると思ったので、研ぎ澄ませてみようと3週間ほど執筆行為を寝かせてみた。
おそらく、
・作品を創るまでの製作過程をみたいという好奇心
・クリエイターが集まる空間の雰囲気を知り体験したいという好奇心
・アパレルというジャンルであること
・ブランドがユニセックスであること
・「時間」をコンセプトにしたブランドであること
という観点で、おそらく私の琴線に触れていた。
それらについて触れられるように書いていこうと思う。

クリエイターという類の人種が集まる展示会

 展示会は、神楽坂にあるi'm hereのオフィス兼展示できるスペースで行われた。イベントの最終日だったようで、その夕方に伺ったところ、ビジネスライクというより親しいご友人の方々が多くいらっしゃった印象だった。
某有名アパレルの映像ディレクションしている方、靴を型から作っている方、飲食店を経営されている方、アパレル関係からそれ以外の業界まで幅広い人種がいたが、みなさんお洒落というか、服など身に付けるものにこだわりを持っていると思った。アパレルブランドの展示会なのだから当たり前の話かもしれないが、私にとってはいつも接する人々とは異なる感性の持ち主の集まりだと感じ、新鮮というよりも私はここにいていいのか?という後ろめたさと、君のこだわりは何?というのを外見から判断されている気がしてしまい、一種の緊張を覚えた。
展示会に伺う前に同日お昼に参加した友人の結婚式でたくさん食べて飲んだことを、(ちょっとだけ)後悔した。
 ただ幸運なことに、誰がどのくらい有名な方なのか、その実力や実績を図るための情報や指標をあいにく持ち合わせていなかったので、緊張しすぎずいろいろな方とお話しできた。無知って素晴らしい。自分に拍手。

 お客さんは、服を試着し、デザイナーの方々と服について、一つのアイテムの一部分について、永遠と意見交換をしていた。
情報や刺激物を流れるように大量消費することに慣れた人が多い時代に、彼らはただ1アイテムのディテールにこだわって話しをしている。
「正しい意見」というものがない中で、自分の思うことを、自由に、真剣に、時に冗談を入れながら、楽しそうに、話している。
みんな違う仕事をしていて、多様な価値観を持っているが、「服」「i'm here」という共通対象を軸に、共感し合う。
それぞれの意見を出し、周りが尊重する。
そこには、過去の栄光のような自慢話や、否定や、偏見はなくて、前向きな発言が飛び交う空間。純粋な瞳で話す彼ら。
心の豊さとは、所有する物の量と比例していなくて、ある対象を観察する深さと視点の多さや価値を感じらる深い知識によるんだなと、彼らの声色・顔つきから実感した。

 私には服作りというものが具体的にはわからないが、その空間にいることの気持ち良さは想像することができた。
きっと、この渦中にいて、自分の意見が言えて、他者の話も理解できて、深い話ができれば、さぞ気持ちいいんだろうな。。。。そんなことを考えながら彼らの話を盗み聞きし、その心地よさを勝手にお裾分けしてもらっている自分がいた。

 昔から興味のあることについて深く話すことが好きだったが、深く話せるほど物事に興味がなかったり、深める方向性が違ったり、深めることに意義を感じていない人が多かったのか、深い話ができる人が周りに多くなかった。
深く話をしようとすると周りがついてこず引かれるのを察っし、自分は変なんだと思うようになり、組織になじむためにいつの間にかその欲望に蓋をしてしまった。
ただ、様々な視点で物事を捉え、仲間と思考を深めていくことが価値に変わる仕事があるのか。そういうやりとりができる仲間がこの世にはいるのか。ということを目の前の光景から知らしめることができた気がした。
 私も彼らみたいに仲間と、好きな対象について話したい。
 同じような視点・視座を持っている人と、議論を深めたい。
 異なる専門分野の人と意見を出し合い、創造物を磨きたい。
望んでいたことに蓋をしなくていいのかと思えたことで、なんだか生きる希望がわいた。

創造の過程を見た

 お待ちかねの、製作過程がわかるような資料を見せていただいた。
デザイナーの敬章さんが数年前に書いていたという、重厚な掌サイズの小さなノート(ブランドを失念してしまったが有名らしい)を数冊見せていただいた。
敬章さんが当時大事だと思ったのであろう言葉や概念、そこから深めた自分の思想、デザインの切り抜き、など、おそらくブランドコンセプト形成の材料になったであろう情報たちが、直筆でストックされていた。
当時の状況を知らないのでそれぞれの言葉の意味やストックするに至ったその背景を想像しきることは私には難しかったが、どんな情報に当時は琴線が触れたのか、そこから何を気付き考えが変わったのか等、あるコンセプトができるまでの思考の深まる過程を見れた気がした。
それらは、服という分野はもちろんのこと、歴史、文化、思想、哲学、生物学、様々な観点で、美とは何か、個人とは何か、性とは何か、等、様々な観点から考えられた主張が蓄積されていた。
記載されているそれらに冗長的な文章はなく、端的な文章や単語ばかりであった。おそらく大事だと思ったことだけを抜き出しており、思考を深めたあと大事な要素だけを抽出して研ぎ澄ませた上で言語化したからであろう。
初見で知識がない人にはやや小難しい言葉が多く感じるが、それくらい不要なものを削いで適切な表現を探していたのではないかと想像した。
いいものとは、煩く感じなく、伝えたいことが明確でシンプルに表現されている。
それまでの過程には、広範囲・多量の情報をかき集め、大事なものを自分というフィルターを通し濾過することで要素を要・不要に分ける作業があり、伝えたい人に届くような表現に形を変えることでやっと世に出されるのだろう。
ただ、そのノートは数年前に書き綴っていたものらしく、そこからブランドができるまでには何年もの時間が経っている。
そう思うと、この濾過する過程は短絡的に一方通行で行われるのではなく、長い時間をかけて情報を取り込んだり抜いたり何度も反芻することで、深めて濾していくことになるのだろう。
その過程では、伝えたいことと表現がピタリと合う瞬間が来るまでの忍耐と継続が必要になるのだろうなと思った。

濾過される情報も時間軸が様々で、
「過去」 社会の歴史、自分の生い立ち・抱えている価値観
「現在」 現代社会の風潮・抱える問題・価値観、自分が今感じること
「未来」 望まれる今後の社会のあり方、自分が理想とする世界
など、主観的・客観的にも得られたあらゆる観点の情報が混在する。
それらの情報を別の時間軸から見つめたり、異なる時間軸へ移すことで、捉え方を変え、思考を深め、表現の方向性を見出していく、という流れを反芻する。
その過程を進める中で、必要な要素と不要な要素を見分け、不要なものは捨て、足りないものを足す、という流れに入る。
そうしてだんだんと、作品の落とし所、落ち着くべき姿が見えてきて、1つの「作品」として具現化するのではないだろうか。
それが、「創造する」ということなのではないかと、展示会参加後いろいろ思考を反芻させることで私なりに解像度の上がった「創造」の姿だった。
だから、この記事も私の作品の一つとみなしたくて、自分の中の情報を混ぜ、思考を反芻させて形作りたい、と思ってしまったのだ。

創造するという行為を辞めた過去

 思考の反芻において、私には何度も通りかかる過去の出来事がいくつかある。そこについて、長くなってしまうが触れていきたいと思う。 

 一つは、創る・表現することを諦めた過去だ。
小学生の頃、7つほど上のいとこの影響を受けて漫画家になることを目指していた。絵はうまくなかったが、自分の中に浮かぶアイデアを紙に落とし込んでみる作業を、時に友達と、時に独りで、来る日もくる日も描いて遊んでいた。学校から帰ったら描いて、気づいたら夜ご飯の時間になっていた。
日々生きる中でたくさんの人を見て、いろいろ感じて、それらの情報を頭の中でつなぎ合わせアイデアにし、紙の上に表現すること。
その作業自体に夢中になっていた気がする。
ただ、その際にいつもフラストレーションを抱えていたのを覚えている。
良いな・好きだなと感じたものを、他人に伝わるように素敵に表現したかったが、その素晴らしさが伝わるような形に落とし込めない。
私が表現したいものは、こんな陳腐で稚拙なものではない。と感じていた。
表現したいものを理想とするレベルで形に落とし込むことができていない感覚に、歯痒さ・自分に対する苛立ち・絶望が起こり、途中で作品を作ることを辞めることが何度もあった。
漫画以外にも、
クラスで作成していた映画の脚本
課題で出された何かに関するレポート
学校イベントのポスター
漫画雑誌の企画であるキャラクター衣装のデザインコンテ
などを夢中になって取り組んだのを、今でも覚えている。
ただ、漫画のような、画力・ストーリー構成力・見せ方・キャラ設定がうまく機能して初めて一つの作品になるものに取り組む時は、特によく絶望感を味わっていたことを思い出す。
あぁ、自分には才能がないのだ。
もっと絵がうまい子はたくさんいるじゃないか。
こんな作品で誰の心が動くというのだ。
この道は諦めた方がいい。
そういった内側の声が畳み掛けるように聞こえ、私の創作意欲は失われていった。
中学生になり、周りと馴染むことに必死だった私は、勉強・クラス行事・部活動に精を出し、周りからの信頼によって安心感・満足感を得て、自分が勝てないであろうと判断した「創る」「表現する」という領域からは足を洗ったことを覚えている。
この道では食えない、苦しいだけ、才能がない、さようなら。と。

 ただ、今になって、あの時の感覚は自分にとって大切で、それで自分を満たしたい自分がいると気づく。
好きという感情に真っ直ぐ向き合ってあげられなかった自分の弱さを受け止め、楽しいと思うことを純粋に楽しめないほどに外に意識を向けてしまっていた当時の自分のストレスに同情しつつ、やっぱりあの感覚が「私が私を生きている」という感覚にさせてくれるのではないか、というところに帰ってきた。
結局、立ち戻ってきてしまった。
それも、抑圧してきた分強く渇望した状態で。

 当時は諦めることが正解であり、その方が「楽」だと思っていた。
しかし、今になって思うのは、純粋に喜びを感じられる感覚をもたらす活動を諦めることの方が、よほど辛い。
自分に起こる出来事やその時の心境を悲観的に捉えるということは、辛くかわいそうに見背かけているだけであって、実は全然辛くない。
大事なものから目を背け、自分自身と戦いうまく折り合いをつけることを放棄し、傷つかないように自分を防衛しているだけなのだから、使うエネルギーも攻撃されるリスクも少なく、とても楽だ。
つまり、私は、辛くないはずなのに辛いと感じるよう仕向け、やりたいことをやってみた時にぶち当たる現実から目を背けることを、自分で選択していたのだ。
辛さの原因、自分の中で感じる違和感、過去の思い出、今望むものに目を向け、長い時間かけて何度も思考を反芻させ探ることで、納得するところまで自分の今の状況を落とし込めてきた気がしている。

 今、自分の置かれる状況にを理解しつつ、こうしてプロの創造過程を見させてもらうことで、過去感じた絶望感や苛立ちにぶち当たる時の解決方法が、なんとなく見当がつく気がしている。
だから、昔はできなかったが、気持ちが動く方向へ、腰を据えて、冷静に、時に躍動的に、足を止めずに進められる気がしている。
「創る」ということの生々しさを前よりは近いものに感じていて、若干怯んでいるが、それでもやってみたいと思っている自分がいる。
そうか、私は今から何か創るのか。
やれるかな、やってみよう。やりたい。 
そんな思いを抱きながら、毎日何かしら情報を仕入れ、思考を深め、手を動かして形にする作業を行なっている自分がいる。

ユニセックスというコンセプト

 ユニセックス
というキーワードに、私の琴線が触れていた。
そこについても少し深ぼって考えてみる。

「女性らしさ」は攻撃対象・組織を乱す要因となると捉えた過去

 「女性らしさの追求」「可愛くなること」を、私は小さい頃から抑圧してきたと思っている。
というより、避けてきた・逃げてきた、という表現が正しいのかもしれない。
記憶の限りでは、幼稚園に入って間もない頃からその抑圧する意識はあったように思う。生い立ち、周囲との人間関係、恐れ、劣等感、が原因だった。

 女性らしくなる自分自身が気持ち悪く、女性らしさを感じさせる要素を身に纏うことが怖かった。
女性らしさというような「性」を感じさせる要素は厄介なもので、何かと組織や対人関係に問題を起こす主要な原因だ、と経験上みなしてきた。
 クラス、部活動、行事など、男女が混在する組織でリーダー的ポジションに立つことが何度かあった私は、組織にとって最適な行動はなんなのか考え行動しなければならないという考えが身についていった。
そして、男女間で起こるトラブルや、女性同士特有のいがみ合いの間に入ることが多く、そのストレスは半端なものではなかった。そのから、「女性」という性別を感じさせる要素を持つ人は組織に悪影響を及ぼす、または同性の攻撃対象になる、ということを学んでしまった。
 結果、女性社会や男女の共同体どちらでも、特に思春期を迎える組織の中では、「女性らしさ」を感じさせる振る舞いは、自分を危機にそしてストレスに追いやる原因であると捉えるようになった。
それは、組織を動かすというリーダー的な目線ももちろんあるが、自身のアイデンティティを攻撃されたときに立ち直れなくなるという恐れが強くあり、当時の私なりの生存戦略だったのだと思う。
嫌われないために、組織の秩序を乱さないために、私は女性らしさを感じてしまうものを極力排除しようと心がけていた。
自分の生まれ持った性に抗うような、そんな不自然な抑圧的な生き方を選ぶようになってしまったのだ。

「女」として勝負できる自信がなかった

 また、別軸で、男性というものに苦手意識があったのも原因だと思う。
私は三人兄弟の真ん中で、2個上の兄と、5個下の弟がいる。
昔からお兄ちゃん大好きで遊んでもらうことが好きで、男性と良く一緒に遊ぶことが喜びだと感じていた。
だから、男性とか女性とかあまり区別せず、男性を友達としてみる目が強かったようだ。 
なので、いきなり「男性」と言われると、女性としてどう接するのがいいのかがわからなく、自分の振る舞いに戸惑ってしまったこと何度かあった。

 ただ、私の恋愛対象は今も昔も男性で、同級生の男の子に恋心は抱いたことは何度もある。しかし、自分の中に「友達」「遊ぶ仲間」という性別を意識しない捉え方が得意で、男性を意識すると全くうまく接せられなくなってしまう自分がいることに気づいた。
 そして、小さい子にも美意識というものは備わっているのだろう、可愛い子はモテる、可愛くない子は日の目を浴びない、という社会の縮図は、小さい子たちの世界でも顕著に現れていた気がする。
私は、いうまでもなく、日の目を浴びない族に属した。そこに属していると理解した時に感じた深い悲しみは、今でも引きずるほどに私の価値観形成に大きな影響を与えている。
 そう理解した頃から、背が高い自分も嫌になった。可愛いっていってもらえないから。
大きいと、怖いと言われる。でかいと茶化される。いじられる。
生まれ持った自身のどうしようもないアイデンティティを貶されることは、とても悲しく、とても痛く、とても惨めな気持ちになるものだ。

 この悲しみは、傷つくことが怖く、そんな現実を受け入れたくないが故に、自分からいじられキャラを担い「私はこれなんだ」と自分で自分を傷つける流れを作ることにもつながった。
 男性への苦手意識、可愛くない自分に対する劣等感から目を背けるために、私は女性らしさ・可愛さの追求はできない、と思い込むようになった。
そして、好きな人ができてもアタックできない。嫌われたらどうしよう。可愛くない自分が好かれることなんてないよな、なんて思いながら、みんなが恋愛に悩み楽しむ姿を外から見るだけで、当事者になることをしなくなっていった。傍観すればするほど、俯瞰的な視点で嫌なことまで見えてしまって、現場との距離は遠ざかってしまった。

 そんな、組織で活躍するために作り上げたアイデンティティや、女性らしくない自分への劣等感から、女性らしさを感じさせる要素に敏感になる一方で、それらを自分から排除する努力ばかりが進んだ。
結果、組織では男女共に愛され、争いは起こさず、トラブルの間に入り、冊子の良い、組織において重宝されるキャラクターが出来上がっていった。
そんなキャラクターであることが自分の存在意義だと感じれば感じるほどに、女性らしさを自分で演出することすらもできなくなり、その訓練も怠ってしまって時間だけが過ぎていった。怠ると捉えてしまうほどに、自然にしていたら女性らしく振る舞うことを自分自身に赦せなくなってしまっているのだと思っている。



 しかし、一歩家庭の外から出ると、社会では男性や女性という性別の違いを感じさせる区分けがたくさんある。
トイレが男女で別で用意され、その標識の明確な違い
性別記入欄で「男」か「女」か2択の選択肢
女性はスカート、男性はズボン
お父さんとお母さん 呼び方やその役割も違う
等々、当たり前のように生活しているが、自然と男女を分けさせるような区切りが社会にはたくさんある。
そこに対してあまり強く違和感は感じてこなかったが、違和感を感じなくなるくらいにそれら区分けがある環境やその思考が根付く環境に慣れてしまい、私に染み付いてしまっているのだと言えよう。

でも、やはり私は女で、今思う「美」を手に入れたい

 ただ、こうして「抑制」してきたからこそ、今それらを渇望してしまっている自分がいる。
ずっと可愛い子を横目に見て、これになってはいけないと言い聞かせていたけど、本音では、ただただうらやましかったのだ。
少しきれいになる努力してみて分かったが、可愛くいることはとても努力が必要な行為であると感じた。
私が女性らしさを排除する努力をしていた側で、彼女たちは彼女たちで「異性に気に留めてもらうため」「自分を好きでいるため」に可愛くなる努力をしていたのだ。
同じ時間が経っているが、注力する方向がまるで違う。
この分のギャップは埋められるのだろうかと不安になるが、今の私からすると彼女たちがそのまま羨ましいとは感じていない。
私は私の歩む人生の中で、様々な気づきや視点を得て、自分の状況に折り合いをつけて、自分なりの価値観を構築してきた。
その目で世界を見た時に私なりに「美しい」と感じる要素を、「女性らしら」よりももっと広域な要素を手に入れたいと思っている。

ヒトの美しさを探りたい、という欲求

 今の私は、いわゆる「可愛らしさ」は望んでいない。
今渇望する「女性らしさ」を自分なりに定義した要素を含みつつ、「脱偏見」「善」「公平性」「信念」「生物としてのヒトの捉え方」といった、今までの経験から紡いできた自分なりの「美学」を体現する姿になりたいと思っている。
そうなるために、「生物学」のような学問的な視点で物事を見る必要がありそうだと感じている。その背景を少し紹介したい。

 私は高校の途中から理系の道に進み、物理化学を少しと、主に生物学を専攻することにした。
特に好きな科目も夢もなかったが、ヒトという生き物は昔から好きで、自分の目に見えているものと実際の世界というものは乖離があることや、ヒトという生物のシンプルさと複雑さに面白みを感じていたため、生物に興味を持った。
大学は生物学科に進み、生物に関して進化、分子、神経、細胞の観点で学び、必要となる無機・有機化学についても少しばかり触れた。
生物がどう成長するかは、遺伝情報によって決まることを知った。
大きく見た目が異なる生物も、遺伝子上ではほんの局部しか違いがない、ということを知った。
そう思うと、子孫繁栄のために男女は生態的機能の違いから異なる役割を担うが、それ以外の男はこうだ・女はこうだという「価値観」は、人間が後天的にそれぞれの文化の中で作り上げた偏見であると気づいた。
そして、今まで男女組織の中で揉まれる中で感じてきた違和感に対する答えも、なんだか得られる気がした。

 そんな学びと経験が相まって、私はあまり男女とかでヒトを分けたくないと思っている。
男女とかLGBTQとかそんな簡単にくくれるほどヒトという生き物は単調ではない。
言葉で括ると、対象物を在るがままの姿で見ることができなくなってしまうため、大事にしているものほど言葉という枠にはめたくない。
そして、ヒトはみんな「美しい」と感じさせる要素を持っている思っている。
私は自分の中の「美しい」という感覚の本質を、もう少し解像度をあげて理解し、「美学」という信念として持っておきたいと思っている。
 そんな美学をもった目で自分自身を見た時の「自分としての在りたい姿」は、まだうまく言語化できていない。模索中というところである。
ただ、「自分の美学を体現した姿」という表現は、今のところしっくりきているので、この表現を使いながらその姿を追求してみたいと思っている。

 そんな思いもあって、自己を外界に表現する「アパレル」というものにも、「ユニセックス」というジャンルにも、私の琴線は触れているのではないか、と今のところ思っている。

これから、どう生きるか

 今回展示会にお邪魔させていただいた経験や、本などから得た最近の気づきから、「創造(クリエイティブ)」の形が、「自分のありたい姿」が、なんとなく見えてきた気がしている。

 創造とは、大きく捉えると、散らばって存在する情報をかき集め、繋ぎ合わせ、認知できる形にすることだと思っている。
その情報は、自分の想いや信念であったり、過去・現在・未来の経験、社会情勢、文化、原子や音波など目に見えない物理的な物質、など、感覚受容体が認知できる多種多様なあらゆる情報を対象とすることができる。

 創造の材料やその方法は無限通りあるがゆえに自由であり、
自由であるがゆえに、生みの苦しみがあると思っている。
そのことを、世の中がクリエイターと呼ぶ人たちは理解しているのだろう。
だから、彼らは物づくりをする仲間をリスペクトし、物事をできる限り偏見を持たずに見ようと努め、好奇心によって物事を深く理解し、見る視点や判断軸を知っているが故に違和感に敏感で、創りたいものを創るという行為そのものに喜びを感じ、苦しみよりも創ることを選んでしまうのだろう。
 そんな彼らが感じる感覚や価値観、みている世界が、なんとなくだが昔からわかるような気がしていた。もしかしたら、憧れていてわかりたかったのかも知れない。
どちらにせよ、私は彼らの仲間になりたいと思ってしまっている。
やってみないと分からないから、取り合えず形からでもいいのでなってみる努力をしてみようと思う。

 なので、昔断念した「創る」という行為に取り組みたい、それを仕事にしたい、と思っている。
それは、絵のような芸術作品かも知れないし、ビジネス、思想、組織、自分の容姿として現れるのかも知れない。全部なのかも知れないし、全部違うのかも知れない。
 ただ、今のところは、過去の抱えた痛みを払拭する成功体験が欲しいと思っていて、「自分の容姿を磨くこと」「自分なりの美学を確立すること」に注力する中で、作品を創り上げていきたいと思っている。
その過程では、過去・現在・未来の時間軸で自分が認知する情報を、何度も行き来しながら反芻させることで、深め、変化させ、不要なものは捨て、必要なものを取り込みながら、大事に感じる要素を高濃度抽出した精製物である「美学」を詰め込んだ作品を、一生涯かけて創り上げてみたいと思っている。

 まだまだ思考も行動もとっ散らかっているが、とっ散らかった部屋からしか創造物は生まれないと信じているので、それで良いと思っている。
私の美学を濃縮した抽出液は、どんな色をしていて、どのくらい透明になっているのだろうか。

自分という存在自体が作品となるよう、内面と外見を美しいものになるよう、知識・言葉・思想・生活環境・仲間という観点で、自分自身に良い栄養を与えてあげたい。


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