哀しい氷がとけてゆくように。

凍った星をグラスに浮かべた。

すっごく不安定な形の細すぎる脚を
持った建築物が入り江に建っている。

砂浜には、扉を閉める時に確かなかちっと
振動が指先にまで伝わってくるような重厚な
造りにみえる赤いポストがあって。

その砂浜につづく桟橋を通ると、玄関へと
辿りつく。

すべてがあやふやな空気に包まれている
そんな建物の家に住むようになったのは
最近のことだった。

海の上に紙でできた建造物が建っている
ようなアンバランスなこの家は、栞が住む
前にむかし女の人が暮らしていた。

そしてその女の人には好きな人がいて。

ふたりは手紙を交わしていた。

時空間を超えて、手紙を交わしていた。

どちらもその人たちの時間は「いま」で。

ほんとうの暦は男の人が住んでいる「いま」
よりも2年ぐらい時間は進んでいた。

他愛ない日常しか送っていないというのに
最初から微妙にずれてゆくふたりの時間。

そして、ずれた時間を生きたままもどかしい
ほどに交わし合い。
すれちがってゆく。

せつなさの濃度はずっと変わらないまま
ある日最後の最後にふたりは逢える。

そんな話をわたしはこの家に住むと決めた時に、
以前ここに住んでいたその人から聞いた。

ひそやかな人だった。

嘘みたいだとは思わなかった。
栞もそのことを信じられるぐらいの傷は
心のどこかに刻まれていたから。

その人は抱えきれないほどの手紙を
抱えていた。

薄青いレースのリボンがその手紙に
やさしく十字に架けられていた。

時を超えて文通していたふたり。

カーテンのない西日の差す窓辺で、
彼女は言った。

この世で会えなくなってしまった人に、
会いたい時に、ここで手紙を書くと
いいよって言ってくれた。

すこしだけ儀式のようなおまじないの
ようなことをすればいいのだと
教えてくれた。

栞はふいに喉がからからなことを
忘れていた。

グラスの中に彼女がくれた凍った星を
浮かべた。

そして氷を舌でゆっくり溶かしてから

栞は手紙を書いた。

書き出しがみつからなくて。

その女の人がすきだった彼との時間は
どんなふうにまじりあったのだろうと
想像した。

たとえば誰かの「いま」もちゃんと
ほんとうに西暦2005年なのか
栞はわからなくなっていた。

なんか違うような気がしている。

たらたらとしゃがんでしまいたくなった。

でも、
やっぱり。

何処かしらで生きているみんなそれぞれの
「いま」が幸福だったりちょっぴり
うれしかったらそれでいいやと思った。

そしてじぶんの「いま」は「いま」で
大事にしていきたいとも思った。

不安定な佇まいの入江のその家は、
朝日なのか夕陽なのかわからない光に
照らされていた。

君がまだ生きていたあの年月も
君の知らない未知の年月も超えて
栞はこの部屋で生きていく。

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今週もこちらの企画に参加しております。
小牧幸助様、すてきなお題をありがとう
ございます☆彡 




いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊