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「大丈夫だよ」って、挨拶みたいに言っていた。

さっきからわたしは「大丈夫」を必死で

探していた。

いつだったか読んだ映画レビューに

「大丈夫」の使い方が載っていて

そんな古ぼけた新聞の切れ端を

犬が土を掘るように探していることに

気づいた。

誰かの評、それも誰かの思った「大丈夫」なんだから

ほっとけばいいのに。

1時間ぐらい探してみつからなかったから

自分の「大丈夫」を考えていた。

小さい頃から、「うん、だいじょうぶ」って

いっつも言っていたって母が言う。

本人が言うんだから大丈夫だと思っていたけど。

大学を過ぎた頃からのわたしの「大丈夫」は

ぜんぜん大丈夫そうにみえなかったって。

表情はどよんとしたまま「大丈夫」って

きっと言っていたんだろう。

我慢の反対語ってそれなんだろうか。

時々思う。

大丈夫じゃないって言うと目の前の

誰かが心配しそうな顔をするから

それがイヤでわたしは挨拶のように

その言葉を使っていた。

だから、それほど意味は持たずに

おはようと同じぐらいの朝はじめて

顔を合わす時の言葉のように発して

いたのかもしれない。

でも、誰かと一緒にいて「大丈夫」って

言う時って、じぶんがどうかじゃなくて

相手の為に発しているような気がする。

少なくともわたしはずっとそうだった。

家族からも恋人からもはぐれてひとりに

なった夜になると「だいじょうぶじゃないな」

って思うことはあったけど。

数年前のある日、父が上京してきた。

弟に子供ができてからは孫可愛さでなんども

弟の家に泊まりに来ているらしかった。

母と父はもう絶縁状態で何年も喋って

いないので、いつもわたしが間にはいって

ネゴシエーターのように言い分を聞いて

相手に伝えるというメッセンジャーの

ような役割になっていた。

そういうことやめたかった。

ふたりで話してほしかった。

ケンカしてでもいいからわたしを使わないで

ほしかった。

しんどい理由はそれだけじゃなかった。

仕事上の人間関係もぼろぼろだったし、鬱の

ような症状があって、ぎりぎりだった。

父とランチを食べてる時も気分は最悪だった。

そんな時、父は接続詞みたいに

どう、最近は? って聞いてきた。

うん大丈夫って、いつもの癖で挨拶みたいに

答えた。

いつもなら、そうかって言って次の会話へ

いくためのつなぎの言葉になっていたその

言葉もその時はかなり違った。

すると父が、「大丈夫って」。

わたしの言葉を繰り返した後、

「大丈夫じゃないでしょ、全然」って言った。

あきらかに大丈夫じゃないようにみえるのに

大丈夫って答えるなって言ったのだ。

怒っている表情じゃなくて、ちょっと

不憫そうな申し訳なさそうな顔をした。

わたしは一瞬、その言葉に意味を被せて

来てほしくないってむっとした。

でも、父が執拗に畳みかけるので、

どうなにがだめなのかぽつりと話すことに

なってしまった。

そして体調がすぐれないのならまず病院に

行くのがいいと婦人科に通うようになった。

大丈夫じゃないでしょって言葉は、一瞬

心にくさびを打たれたけど。

あれがなかったらへらへらともっと

なし崩し的に弱っていったかもしれない。

思えば小学校の時に仮病をつかって

お腹痛いって言ったときも見破ったのは

父だった。

イジメられている気がするって告白

することになったきっかけになった。

大人になってからもわたしのその傷口に

気づいたのは父になる。

競争が、死ぬほどきらいなのに

「大丈夫じゃない」って言うことが負けを

認めることだと思っていたから。

言ってしまえば何かが崩れ落ちる、

瓦解すると思っていたんだろう。

口数の少ないわたしは心がほころびを

覚えたことを父に口にしていた。

父は家庭を捨てたのだからと、その後

失った時間を繕う様にわたしと話をしようと

務めていた。

どれだけわたしが背中を向けようと

上京してはわたしと会う時間を作ろうと

していた。

正直会いたくない日もあった。

今もまだ複雑な気持ちもあるけれど。

ひとりでじぶんの心と話しても

解決しない時はある。

我慢に代わる私の選択肢ってもしかしたら

誰かと話すことなのかなとも思う。

その誰かが十年来の友達とかじゃなくて

うまくいってなかった相手であっても

ピンホールカメラのようにちいさな穴から

うっすらと光が差していることもあるんだなと

思いながら。

今は父にあの会話があってよかったよって

こっそり胸の中で言える気がする。

🍀   🍀   🍀   🍀   🍀   🍀   🍀   🍀

きのうこちらで以前書いた記事を紹介して
頂きました!大好きなフォロワーさんと
ご一緒できたことが何よりうれしかったです!
ここまでお読み頂きありがとうございます💓

顔色を 伺ったまま 踊り続けて
身体をかわす 言葉をかわす これもダイアログ

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ゼロの紙 糸で綴る言葉のお店うわの空さんと始めました。
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