ハードボイルド書店員日記【83】
視界の右脇。高齢の男性を捉えた。白髪。よろよろと近づいてくる。
「ジャケンレビチある?」「申し訳ございません。あちらで順番にお並びいただいていますので」「場所だけ教えて」「場所をお調べするのにもお時間を頂戴しております。順番にお伺い致しますので、あちらの最後尾へお並びいただいてもよろしいでしょうか?」
このパターンは年中無休だ。なぜ接客中に横から入ってくるのか。お年寄りだからと先に対応してはいけない。そういう特別扱いをすると、今度は列に並ぶ温厚そうな大人からクレームが入る。先日も「あの割り込みのせいで電車に遅れた。一日中気分が悪かった。どうしてくれる」という長いメールが閉店間際に届いた。翌週まで気分が悪かった。
「いらっしゃいませ」老紳士の番が来た。「ジャケンレビチ」「書名でしょうか?」「ある?」「…お調べします。こちらでそのままお待ちくださいませ」カウンター脇のPCの前へ移動する。ついてきた。だからレジ前で待て。もし本が店にあったらまた並び直すハメになって大変だろうに。
「ジャケンレビチね」手元のメモを見ながら繰り返す。検索システムでどう調べても出ない。「そのタイトルではヒットしないのですが」「そんなわけないよ。石原慎太郎の好きだった本」「かしこまりました」今度は「石原慎太郎 ジャケンレビチ」でググる。
「……ジャンケレヴィッチの『死』という本が愛読書だったようです」「だからそれ」だから? ジャケンレビチではなくジャンケレヴィッチ。あとタイトルじゃなくて著者名だ。「ある?」「申し訳ございません。こちらには」「じゃあ取り寄せて」「出版社からになりますので、お時間を2週間ほど頂戴致しますが」「そんなにかかるの? 連休前に入る?」「出版社がお休みに入ってしまうので、もしかしたら間に合わないかと」「ハッキリしてよ。どっち?」来た。よくあるパターンだ。
「もしかしたら間に合わない」ハッキリ伝えている。白でも黒でもなくグレーだと。なぜ理解できないのか。物流の仕組みなど考えたこともないのだろう。「運良く間に合うかもしれないですが、間に合わない可能性もあります。そうとしか」「わかったわかった」「あとこちらの本は高額なものですが、ご注文いただいた場合はキャンセルがお受けできません」「いくら?」「税込で8580円と」黄色く濁った目が眼鏡の奥で見開かれる。「そんなにするの? 分厚い?」「528ページでございます」「……」腕を組んで考え込んでいる。「じゃあ注文はいいや。図書館で探してみる」「かしこまりました」「あ、でもあそこの図書館、店員の態度が悪いんだ」店ではないから店員とは呼ばない。司書もしくは職員だ。
「アナタ、図書館よく行く?」「時々は」「この前、借りた小説のページをうっかり破いちゃってさ。ちゃんとセロテープで直したんだよ。返す時にその旨を伝えたら、感謝されるどころか『次からはそのまま返してください』って注意されて」浅黒い頬にいくらか赤みが差している。「セロテープは時間が経つとベタベタになって茶ばんでしまいます。全部はがし、修理用のテープを職員が貼り直すことに」「え、そうなの?」「私もこの本を読むまでは知りませんでした」端末のキーを叩き、講談社コミック「税金で買った本」の画面を出した。
「何これ?」「簡単に言うと、不良が図書館でアルバイトしながらいろいろ学ぶマンガです」「どんなことが書かれてる?」「寄贈や弁償、あと読み聞かせのコツとか」老人がPCの画面を食い入るように見つめている。「これは1巻ですが、2巻にこんな台詞があります。『この本をこの日に読むと最高に面白いって日がある』」「ああ、わかるなあ」「他には『図書館って弱い人間のためにあると思ってんですよ。ネットが使えない年配の人も金もってない学生も子どもも、みんな何かをもっていない立場が弱い人間だ』と」「……」
久しぶりにマンガ買ったよ。今日読んだら面白そうだ。言い残し、2冊入ったレジ袋を提げて帰っていく足取りは来た時よりも軽そうに映った。ビニールのパックを剥がしてあげた際「ありがとう」と口籠るのも聞こえた。悪い人ではない。あの作品の早瀬丸さんみたいな優しいライブラリアンに対応してもらえることを祈った。
太宰治は「芸術家は弱者の友」と書いた。図書館職員もそうらしい。ならば同じ本好きとして書店員もかくありたい。