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ハードボイルド書店員日記㉑

どんな職業にも「誰もやりたがらない仕事」がある。
誰かが自分の代わりに嫌なことをやってくれる。正社員や管理職なら給料に反映される。だが末端の人間は黙って耐え忍ぶしかない。

本当にそうか?

棚の品出しが終わった。レジに入るまで時間がある。児童書のコーナーへ向かう。新刊と補充分がブックトラックの上で大小のピラミッドを形成していた。アルバイトの子が一冊ずつ透明のフィルム袋に入れ、機械に通している。立ち読みなどで汚れることを防ぐためのシュリンク(熱圧縮)作業だ。

「手伝うよ」「あ、いつもすいません」入社以来、彼はレジとシュリンクの往復が続いている。「単純作業が続いて飽きない?」「そんなことないですよ。っていうか仕事ですし」ファンから菓子パンをもらったヘミングウェイみたいな笑顔だった。

「あの」「何?」「これ、ぼくじゃなくてもできますよね」「まあ」「ぼくって会社に認められてないんですか? だからいつまで経ってもこんな」「忙しくて人手が足りないんだよ」「○○さん、よく椅子に座って電話も取らずにボーっとしてますけど」児童書担当の正社員だ。「誰でもそういう時はある」「でも少しぐらい手伝ってくれても良くないですか?」

サイズごとに異なる袋へ本を詰め、隈の張りついた目元を盗み見る。「何に興味があるんだっけ?」「えっ」「どういう本を読む?」「そうですね……環境問題とか」初出勤の日の朝礼で「前は太陽光発電の営業を」と話していた。

「レイチェル・カーソン好き?」「カーソン!」お札を外されたキョンシーのように飛び上がった。「いいですよね。『沈黙の春』最高です!」「『センス・オブ・ワンダー』もけっこう売れるよ」自然科学は私の担当だった。

手に取った青い本の表紙に目が留まる。「じゃあこれのPOP、書いてみる?」彼もその絵本を見た。「こんなのあるんですね」「こっちの棚で置いたら動くかもしれない」「確かに。グレタさんの本の横とか」「ああ、それはいいアイデアだな。ありがとう。そうするよ」「え、本当ですか? でもぼく、POPなんて書いたことないですよ。手書きだと緊張するし絵も苦手で」

前の職場のエピソードを話した。「学参の動きの悪い店で、打開策として店長が手作りのPOPを募集したんだ。するとある英語の文法書がバカ売れした。全国どの書店でもさほど動いてないのに。なんでだと思う?」「わかりません」「作ったのが大学1年生のバイトだったんだ。彼女はその本のおかげで志望校に合格したばかりだった。感謝の気持ちを素直にパソコンで打って、それを手で書き写しただけなんだよ」

一か月後「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」と彼の書いたPOPがツイッターで軽くバズった。ネットニュースでも記事になった。全体の売り上げが久しぶりに前年度を上回った。彼は「POP職人」として店に欠かせない存在となった。


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