「語ることができないことについては、沈黙するしかない」が、語るべきことは語ろう。We have no choice but to silence what we cannot say. But we will tell you what to say.

 先日『世界は贈与でできている』(近内悠太著・ニューズピックス刊)を読了しました。教育者で哲学研究者(専門はウィトゲンシュタイン哲学)である著者のデビュー作です。副題は「資本主義の『すきま』を埋める倫理学」となっています。
 私自身がベーシンク・インカムや利他主義などに興味があり、さらに「贈与」「倫理学」「ウィトゲンシュタイン哲学」というキーワードに引かれたので、この本を読んでみることにしました。
 この本には「贈与の原理」を解き明かし、世界の成り立ちを理解することで、人と人とのつながりを再構築するヒントが集められています。言葉を追求する(ウィトゲンシュタイン哲学を専門とする)著者らしく、哲学(ウィトゲンシュタイン)から、漫画(テルマエ・ロマエ)から、神話(シューポス)から、映画(ペイ・フォワード)から、SF(小松左京)から、推理小説(シャーロック・ホームズ)から、昔話(鶴の恩返し)から、その他、あらゆる言葉と(言葉に付随する)ドラマを読者に提示します。そして、それらの事例を、読者と共に考えながら、深い考察を進めています。
 著者は現状の資本主義を全否定しているわけではありません。否定することなく、その「すきま」を贈与で埋めながら、新しいつながり(新しい世界)をつくれると読者に希望を語ります。さらに、その世界は既に存在していて、あとは私たちが気づくだけだとも述べています(少なくとも私は「なるほどな」と腑に落ちました)。
 今を前向きに生きる人、未来を前向きに生きたいと思う人の背中を知的レベルで優しく押してくれる一冊です。今後も著者の本を、一読者として追いかけていきたいと思います。

追伸

 この本を正しく理解するためには「贈与」という言葉の意味を、再確認する必要があります。著者は「贈与」を「僕らが必要としているにもかかわらずお金で買うことのできないものおよびその移動」と定義しています。あなたは納得できますか? 仮に、この定義を納得できなくても読み進めるうちに、腑に落ちるかもしれません。そういう意味でも一読の価値はあります。
 哲学者ウィトゲンシュタインは「語ることができないことについては、沈黙するしかない」という言葉を残しています。そうであるならば、私たちが語ることができることについては、私たちは、もっと私たちなりに積極的に語るべきかもしれませんね。少しでもまともな世の中にするために……。
 私が気になったフレーズがひとつだけあります。「まえがき」に「贈与の原理と世界の成り立ちから、生きる意味へ。」(8頁)とありました。この「生きる意味」を探るのは、かなり「生きる力」が必要だということを(負け組で経済的弱者の)私は経験から(痛感するほど)知っています。そういう弱者のためにも「贈与でできている世界」は不可欠だと感じます。
 私のような弱者にとっては「生きる意味より死なない工夫だ」(『老師と少年』(110頁)南直哉著・新潮社刊)という言葉が心に染み込むのも事実です。


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