【雑考】幻想文学から幻想的な短歌への誘い(その1)
私は、幻想文学の面白さを、澁澤龍彦さんの書籍から教えて頂きました。
澁澤龍彦スペシャル Ⅰシブサワ・クロニクル
澁澤龍彦スペシャル Ⅱドラコニア・ガイドマップ
幻想文学は、超自然的・非現実的な事象を、主なモチーフとする文学作品と定義されています。
本来なら、ありえないようなこと。
目にすることができないような現象など。
それらを、実際に、形あるものとして表現した文学です。
本書は、作品形式による区分を排し、その作品のはらむ「幻想性」を判断基準として選んだ「この世ならぬ事ども」です。
人類の文学的想像力が生みだしてきた往古の神話から、20世紀末の前衛文学までを案内してくれます。
「幻想文学1500ブックガイド」幻想文学編集部(編)石堂籃/東雅夫(著)
架空の出来事をテーマに扱うものでいえば、ファンタジーも、同じようなイメージがあると思います。
ファンタジーの定義も、今、現在とは異なる時や場所、または、現実にはいない生命体をテーマに扱った文学なので、ほとんど変わりません。
実は、幻想文学とファンタジーの違いに、明確な答えはないそうです。
但し、異なるものだと唱える人もいれば、幻想文学の中の一ジャンルとしてファンタジーがあると考えている人もいるそうです。
そんな中で、ひとつ違いを見つけるのであれば、以下の通りです。
①ファンタジー:驚きや好奇心、夢など空想的なテーマでメルヘン文学に近い展開をする。
②幻想文学:恐怖心や怪奇などの感情が根付いた作品。
前述の纏め方だと、少し、嚙み砕きすぎかもしれませんが、幻想文学の方が、大人の物語、といったところでしょうか。
ここで、江戸川乱歩さんからスタートして、幻想文学の系譜を辿ってみると、寡作ながら純度の高い幻想小説を発表し、熱狂的な読者をもつ山尾悠子さんに辿り着きます。
「人間椅子 江戸川乱歩ベストセレクション(1)」(角川ホラー文庫)江戸川乱歩(著)
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「瓶詰の地獄」(角川文庫)夢野久作(著)
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「うつろ舟―渋澤龍彦コレクション(河出文庫)渋澤龍彦(著)
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「家守綺譚」(新潮文庫)梨木香歩(著)
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「飛ぶ孔雀」山尾悠子(著)
長編「飛ぶ孔雀」は、ホラーやファンタジーより、ちょっと古風に、幻想文学と呼んでみるのがしっくりくる小説だと思います。
思い返してみると、「死の泉」等のミステリーで知られ、
「死の泉」皆川博子(著)
幻想小説の女王としてリスペクトされる皆川博子の45年以上にわたる文業を紹介したムック本は、
「皆川博子の辺境薔薇館 Fragments of Hiroko Minagawa」
53人もの著名人が寄せたオマージュ・エッセイであり、綾辻行人、宇野亞喜良、岡田嘉夫、久世光彦、齋藤愼爾といった錚々たるメンバーが、口を極めて皆川作品を褒め称えるさまは、まさに壮観でしたね。
憧れのアイドルを前にした十代のファンのようで、なんとも微笑ましい光景ではないでしょうか。
かつて、
「幻想小説を書きたいとわめくたび、編集者に、売れないからダメ、と拒否され悲しんでいます」
と書いた皆川博子さん。
それから30年、やっと時代が追いついたのは、なんだか感慨深いですね。
そうそう、本書は、はかなげな少女をモチーフに、耽美的な球体関節人形を制作してきたアーティスト・中川多理さんの最新作品集なのですが、
「夜想#中川多理 物語の中の少女」中川多理(著, 写真)
「イヴの肋骨―中川多理人形作品集」中川多理(著)
マンディアルグや、
「黒い美術館―マンディアルグ短編集」(白水Uブックス)アンドレ・ピエール・ド マンディアルグ(著)生田耕作(訳)
夢野久作さんなど、
「押絵の奇蹟」(角川文庫)夢野久作(著)米倉斎加年(イラスト)
内外の文学作品にインスピレーションを受けて生まれた少女人形は、愁いを帯びた瞳で、さまざまな物語をわれわれに伝えてくれます。
山尾悠子さんや皆川博子さんの両名がそろって、中川人形とのコラボを展開しているので、小説好きの方も必読だと思いますよ。
「小鳥たち」山尾悠子 中川多理
『翼と宝冠』展/山尾悠子 中川多理
「夜のリフレーン」(角川文庫)皆川博子(著)日下三蔵(編)
暗く美しい幻想世界を堪能できる、瀟洒なアートブックですね。
その山尾悠子さんに多大な影響を与えた戦後幻想文学のキーパーソンこそ、マルキ・ド・サドの翻訳で知られるフランス文学者・作家の澁澤龍彦さんです。
ここ近年、所謂エンターテインメントとは肌合いが異なる、硬質で本格的な幻想物語が、これまで以上に受け入れられているのではないかなと、そう感じています。
ひょっとすると娯楽の形態が多様化し、あらゆるメディアに物語的なるものが氾濫した結果、一周まわって、小説本来の文体の魅力が見直されているのかもしれない、などと思ったりもします。
前述の作家達はいずれも、日本語の美を知り尽くしたスタイリストであったことが、その土台を支えてくれているのではないでしょうか。
なんにせよ、澁澤龍彦さんから皆川博子さん、山尾悠子さんと読み継いで、ホラー&幻想文学の深みにどっぷり嵌って、今風に言えば、沼って頂けれと思います。
さあ、みなさんの中で、幻想やファンタジー等の物語の世界に興味のある方がいらっしゃいましたら、どうぞ、こちらから、お入りください。
【日本幻想文学集成】
「新編・日本幻想文学集成 第2巻」
「新編・日本幻想文学集成 第3巻」
「新編・日本幻想文学集成 第4巻」
「新編・日本幻想文学集成 第5巻」
「新編・日本幻想文学集成 第6巻」
「新編・日本幻想文学集成 第7巻」
「新編・日本幻想文学集成 第8巻」
「新編・日本幻想文学集成 第9巻」
そして、誰しも一度は感じたことがあるのではないかと推察しますが、現実から離れて、別の世界に行ってみたいと、少なからず、子供のころ、そんな風に考えたことはありませんか?
大人になっても、辛いことがあった時、悲しいことがあった時、そんな気分になることがありますよね^^;
ページを開くだけで、どこか遠い世界に連れて行ってくれる。
少しの間、現実を忘れて、ファンタジーの世界に没入してみれば、また、頑張るための元気をくれるかもしれない。
現実世界のほんの僅かな隙間から、不思議で、奇妙な世界へと誘ってくれる優しくて、不思議な活字の世界を覗いてみませんか(^^)
【大人のファンタジー小説と絵本】
■『アラビアの夜の種族 I』古川日出男
■『アラビアの夜の種族 II』古川日出男
■『アラビアの夜の種族 III』古川日出男
■『うろんな客』エドワード ゴーリー 著 柴田元幸 訳
■『オオカミ族の少年』ミシェル ペイヴァー 著、さくまゆみこ 訳
■『オセアノ号、海へ! 』アヌック ボワロベール/ルイ リゴー 著 松田素子 訳
■『かがみの孤城』辻村深月
■『キツネと星』コラリー・ビックフォード=スミス
■『セミ』ショーン・タン 著 岸本佐知子 訳
■『ただいま神様当番』青山美智子
■『トムは真夜中の庭で』フィリパ・ピアス 著、高杉一郎 訳
■『ナマケモノのいる森で』アヌック ボワロベール/ルイ リゴー 著 松田素子 訳
■『ナミヤ雑貨店の奇蹟』東野圭吾
■『の』junaida
■『はてしない物語』ミヒャエル・エンデ 著、上田真而子 訳
■『はるとあき』斉藤倫/うきまる
■『ぼくの鳥あげる』佐野洋子
■『まばたき』穂村弘
■『もうひとつの街』ミハル・アイヴァス 著、阿部 賢一 訳
■『もしものせかい』ヨシタケシンスケ
■『ラヴクラフト全集 (1)』H・P・ラヴクラフト 著、大西尹明 訳
■『ラピスラズリ』山尾悠子
■『ラブレター』ヒグチユウコ
■『レーエンデ国物語』多崎礼
■『レーエンデ国物語 月と太陽』多崎礼
■『レーエンデ国物語 喝采か沈黙か』多崎礼
■『闇の公子』タニス・リー 著、浅羽莢子 訳
■『陰陽師 烏天狗ノ巻』夢枕獏
■『叡智の図書館と十の謎』多崎礼
■『影との戦い―ゲド戦記 1』アーシュラ・K. ル=グウィン 著、清水真砂子 訳
■『九年目の魔法』ダイアナ・ウィン ジョーンズ 著、浅羽 莢子 訳
■『光の帝国 常野物語』恩田陸
■『四畳半神話大系』森見登美彦
■『指輪物語1 旅の仲間』J.R.R.トールキン 著、瀬田貞二・田中明子 訳
■『世界 幻想とファンタジーの情景』パイ インターナショナル編
■『精霊の守り人』上橋菜穂子
■『天使・雲雀』佐藤亜紀
■『毒見師イレーナ』マリア・V スナイダー 著、渡辺由佳里 訳
■『魔女の宅急便』角野栄子
■『満月珈琲店の星詠み』望月麻衣
■『夜の写本師』乾石智子
■『妖女サイベルの呼び声』パトリシア A.マキリップ 著、佐藤高子 訳
■『裏庭』梨木香歩
■『竜のグリオールに絵を描いた男』ルーシャス・シェパード 著、内田昌之 訳
■『煌夜祭』多崎礼
最後に、物語性の凝集力が強いと感じる短歌たちを、ご紹介して、終わりにしたいと思います(^^)
【物語性の凝集力が強いと感じる短歌たち】
「けいとうげ冠(くわん)はこぶしのほどをして剪ればいつとき虚(そら)の明るさ」
(廣庭由利子『ぬるく匂へる』より)
「ただよひてゐたる未生の言葉らも今はしづけく白水に帰す」
(桑原正紀『白露光』より)
「はつかなるえにしのありてこの猫と朝の閻浮の水わかち飲む」
(桑原正紀『時のほとり』より)
「ひとの手に折り畳まれて / 二夜を越え / 君の手のなかに開かれる紙」
(小林久美子『アンヌのいた部屋』より)
「みづいろにひたされつづける廊下を歩くこの天体の淵のあたりを」
(笹原玉子『偶然、この官能的な』より)
「もみぢいよいよ燃えて一切まにあはぬ我のひと日を笑ふうつくし」
(馬場あき子『渾沌の鬱』より)
「やはり<明日>も新鮮に来てわれわれはながい生活(たつき)の水底にゆく」
(三枝昻之『暦学』より)
「ゆめみられる象かたちになり / 時をゆく / 夢みる者が / 彫きざんだ柱」
(小林久美子『アンヌのいた部屋』より)
「雨荒く降り来し夜更酔い果てて寝んとす友よ明日あらば明日」
(佐佐木幸綱『直立せよ一行の詩』より)
「王女死せし砂漠のうへを吹き来し吾がほそ道の火の躑躅揺る」
(紀野恵『架空荘園』より)
「音叉庫にギリシア銅貨の墜ちる音わが鎖骨さえ共鳴りのする」
(蝦名泰洋『ニューヨークの唇』より)
「街が海にうすくかたむく夜明けへと朝顔は千の巻き傘ひらく」
(鈴木加成太『うすがみの銀河』より)
「形代(かたしろ)は詩歌ばかりの島なれば軽羅のむすめがとほく手招く」
(笹原玉子『偶然、この官能的な』より)
「出来たてのスケートリンク傷つけるため美しき少女のエッジ」
(八木博信『フラミンゴ』より)
「春の電車夏の電車と乗り継いで今生きてゐる人と握手を」(運命ではない)
(石川美南『架空線』より)
「春三月リトマス苔に雪ふって小鳥のまいた諷刺のいたみ」
(加藤克巳『球体』より)
「女東宮(にょとうぐう)あれかし庭に雀の子遊ばせてゐる二十五、六の」
(紀野恵『架空荘園』より)
「深々と春 額に音叉あてて識るわが内耳にも鈴一つあり」
(里見佳保『リカ先生の夏』より)
「水低く鳴き渡る鴨力あり明日ならず今日ならぬ闇のはざまに」
(馬場あき子『ふぶき浜』より)
「水鉄砲持ちゐし頃に出逢ひたるうすき翅ある人のまぼろし」
(濱松哲朗『翅ある人の音楽』より)
「窓は目を開き続ける 紫に染め上げられて夜といふ夜」(human purple)
(石川美南『架空線』より)
「地中ふかく根を張るものへ憧れを抱き樹形図の先に滴る」
(吉野亜矢『滴る木』より)
「中国の茶器の白さが浮かぶ闇ここ出でていづれの煉獄の門」
(井辻朱美『水晶散歩』より)
「朝刊が濡れないように包まれて届く世界の明日までが雨」
(吉田恭大歌集『光と私語』より)
「転ぶやうに走るね君は「光源ハ俺ダ」と叫びつつ昼の浜」(沼津フェスタ)
(石川美南『架空線』より)
「都市の彼方の風吹きすさぶ崖巓に在りて凍てつきし魂の竪琴」
(松平修文『トゥオネラ』より)
「陶製の浴槽(バス)に体をはめこみて森の国(カレドニア)での暮れぬたそがれ」
(井辻朱美『水晶散歩』より)
「読みさしのミステリー枕辺に置いて待てども夢に来ぬ黒揚羽」
(本川克幸『羅針盤』より)
「廃されし管制塔まで書きに行き詩を放つとき世界は眠り」
(八木博信『フラミンゴ』より)
「風だけに読める宛名が花びらに書かれてあってあなたへ届く」
(木下龍也『オールアラウンドユー』より)
「風景のもろもろと和しひらくとき掌(て)にきざまれし無数の隘路」
(三枝昻之『暦学』より)
「夢の戸を開ければ美しき夜のなかに孔雀が羽根をひろげゆくなり」
(山科真白『鏡像』より)
「驛長愕くなかれ睦月の無蓋貨車處女をとめひしめきはこばるるとも」
(塚本邦雄『詩歌變』より)
「蠟燭が花を大きな影にする きのふを明日とよびかへてみむ」
(大地たかこ『薔薇の芽いくつ』より)
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【雑考】幻想文学から幻想的な短歌への誘い(その2)
https://note.com/bax36410/n/n92ddf4c2ff7b
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