チャネラーあづさ
毎日を心地よく生き、望む未来をクリエイションするための智慧。
わたしはずっと、 自分を愛する 自分をゆるす どんな自分にもOKを出す ありのままの自分を受け入れる ということがわかりませんでした。 「頭では」理解できているけど、 結局「でもどうすればいいの?」 ってなって、結局自分を責めてしまう。 とりあえず、休めばいいのか? とりあえず、好きなことをする? って、 心地よさにフォーカスしてみたけれど、 自分を責める気持ちは全然消えなくて。 むしろ、 心地よさを味わったからこそ、 光の中にある影のように、 自分をゆるせな
昨日、 損得という「お試し」を乗り越えてみよう という記事を書いたのですが、 それを書くきっかけとなった 出来事をシェアしたいと思います。 先週、 とあるイベントがあり、 東京へ行ってきました。 旅行時、わたしはいつも、 スーツケースは往復宅急便を利用し、 小さなバッグひとつで移動しています。 そもそも、わたしは、 手が塞がるという状況が大嫌いで。 バッグもショルダー一択。 そんなわたしにとって、 スーツケースの持ち運びは 拷問以外の何物でもないのです。 と
こっちの方が得だよね。 「得」という感情は、 何かを手に入れられるかも 多くの豊かさがやってくるかも 心地よくない思いをしないで済む という感覚。 そして、その感覚を味わったときって、 とてつもない安心感があるんですよね。 (一時的ですが) 安心感って、 人間が一番感じたい感覚だから。 でも、 その安心感は目先の安心感であって。 そういう損得勘定を取っ払って、 本当は本当はどうしたい? と感じていると、 きっと9割ぐらいの確率で 答えは違うように思うのです。
「この人がいないと生きていけない」 「わたしには、あなたがすべてなの」 恋愛依存だった20代のとき、 わたしは常にこう思って生きていました。 自分の存在を認めてほしくて、 誰でもいいから自分だけを見てほしくて。 この人と別れてしまうと、わたしには 「愛される価値」がないんじゃないかって。 だから、自分の存在価値を守るために、 必死に相手を繋ぎとめようとしていました。 「愛」を失わないために。 その想いが、冒頭の言葉だったのです。 重い、非常に重い(笑) そんな
このままじゃ嫌だ! 人生を変えたい! わたしがこう思ったのが10年前。 看護学生時代に養母(祖母の姉)と 教祖である実母を相次いで亡くし、 やれ喪主やら相続がどうだとか、 はたまた教団との揉めごとなど… 死ぬ気でそれらを乗り越え、 無事に看護師になったものの、 ここにきてメンタルが崩壊。 アトピーも激悪化してお岩さんの ような酷い顔になり新人1年目で 「適応障害」で8ヶ月の休職。 アトピーで荒れた肌に、 悔し涙がつたう度に 猛烈な痒みに襲われる日々。 泣くことす
なんとかしてあげたい 問題を解決してあげたい という想いは一見、 「慈愛」のように聞こえます。 しかし、その想いの中には、 目の前の事象を、 わたし「が」なんとかしたい そんな、「コントロールしたい」という 我(エゴ、我欲)が奥に潜んでいるような。 人には自分自身を癒す力、 そして魂の強さがあります。 自然治癒力は身体だけじゃなく、 ココロの回復にも働いている。 それを無条件にただ信じてあげるだけ。 アレコレしようとせず、見守り傍にいる。 大丈夫だよ 安心し
毎日、心地よく過ごすためには、 すべてをただ素直に受け取り、 感じていることを素直に表現する ことが大事だなと思っています。 しかし、そもそも、 「すべてをただ素直に受け取ること」 これがとても難しい(笑) 人は、出来事や他者の言葉を、 どうせ だって とはいえ 嘘ばっかり! 本当にそう思ってる? こんなフィルターをかけてしまうことで、 「ありのまま」を見れずにいるのです。 ここを、 「なんで素直に受け止められないんだろう?」 と深掘りし、「自分のフィルタ
これから二極化が進んでいく レールが二つに分かれ、 やがて交わらなくなる あなたはどっちの世界に生きる? 202⚪️年までに、生きる世界を選ぼう 恐れのない、愛ある世界を選ぼう こんな言葉を目にしたり、 耳にしたりするたびに、 自分は「愛の世界」に行けるのだろうか もしかしたら、乗り遅れているのではないか やっぱり、もうわたしはダメなんじゃないか って不安になるよね。 かつてのわたしも、その一人でした。 いま不安になっている人は、 まず大きく深呼吸してから、
自分の心の声や本音に従って、毎日を心地よく過ごすようになっても、ときに「心地よく感じない現実」がやってくるもの。 以前は、そういう出来事があると、「わたしの中の何が創り出しているの?」「何を感じたか?そこにどういった価値観があるか?」と深掘りしていました。 内観を始めた頃は、「自分の中に、こんな価値観があったのか!」と新鮮な気持ちになり、楽しく手放すことができていたんです。 でも、何年もやってると、苦しくなってきて。 「まだあるの?」って。 無意識に自分を責める気持
母親は教祖様。 幼い頃から「宗教」という沼に頭頂部まで水没していたものの、ひょんなことから教祖の逆鱗に触れ20歳で破門。 そして、破門から5年後に教祖である母が他界。 それをきっかけに教団とも完全にと決別したわたしは、以後「宗教」というものに対して嫌悪感を持って生きていました。 それは、「スピリチュアル」に対しても同じで。 スピ的な情報に触れても「アヤシイ!ダメ!ゼッタイ!」という強固な意思でスルーしていたのです。 しかし、そんなわたしも人生詰み気味だった30歳の