わかると、わからない、の事。
昨日の上町の勉強会で
わかるの話をして
(子どものことがわかるということ~「わかる」と「わからない」の境界と保育者の自覚性~)
保育は、やっぱり、人としての営みであるから面白いし深みがあるなぁと実感する翌日。
子どもの事をわかりたい、わからない
どちらも必要と思うと同時に、
大人同士だってわかった気である事を認識していないと怖いなと振り返る。
子どもの頃の国語の問題で、筆者の思いはなんですか?という問いが、大っ嫌いで
それは本人しかわからないでしょ、とずーっと思いながら