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独身でも親でもーー精神疾患と向き合う、それぞれのつらさ

今、深夜2時
目がキランキランしてる

こんな夜中に起きるのはひさびさだ


「それなら深夜noteもいいかも?」
と思い、画面をひらく。

すると、ふっと
「精神疾患って人生で2度目だよなー」
と気づいた

独身時代のうつ病
そして今の親としての適応障害

それぞれの辛さがある
そんなことを書いてみたい。



独身時代のうつ病の辛さ

25才のときにうつ病を発症

母の死がきっかけだ

突然死なれ、
世界がまったく別物になった
どこを探しても母はいない


症状は…

とにかく希死念慮がひどかった


早く天国へ行きたい

生きたくもないのに
ただ息をしてるだけ
ムダにお金がかかる

周囲の人は親も家もあるのに
私にはない


この不公平感、
神はなにをしてる?

当時、クリスチャンではなかったので
人生にたいする信頼感はゼロ

理不尽と思える状況に
怒りMaxだった

……

家賃一万円のアパートで一人暮らし

布団の上で横たわり
鬱で、鉛のように動けなくなった自分の体

ずーーっと天井をみてた

孤独だった

あの頃の一番のつらさは

うつ病そのものより、
病んでる時に誰もいない
孤独だったかもしれない




親という立場で、 再び心を病む

あれから14年。
うつ病が治り、精神疾患とはもう無縁だと思っていたのに
今年の8月、適応障害になった

以前とちがうのは
自分が親という立場になって
病んだということ

これが独身の頃ならすぐに仕事を辞めていたかもしれない
けど、家族を養うという責任があるので
その選択はなかなかできなかった


休職直後、私が部屋で入り口を閉め切り
勝手にながれてくる涙をふいてたら…

子どもたちが、そぉーっと
ふすまのすき間から
心配してのぞいてるのが分かった

子どもに心配かけさせてると思うと
ふがいなくて泣けた

……

一番辛かったのは
すべてがどうでもよくなる瞬間があったこと


すべてがどーでもいい


そういうふうに思ってしまってる
自分の状態に失望した


子どもがいても
自分自身がズタボロになったら
守りたい人も守れなくなる
守りたいという思いも失う


そんなことを病んで知った



片親として病気をかかえた母への想い

ふと気づいた。
母もまた、統合失調症を抱えながら、ひとりの親だったのだと。
それも片親で…
私なんかよりずっと辛かったろう…


今になり
「分かってあげられなくて、ごめんね」
と心から思う



退職を決意した今

こころに平安がある

適応障害の症状はまだ残ってるけど 
不思議な静けさが心にうまれた 

自分が無職になる

状況だけみれば
アンビリーバブルかもしれない

けど、

私には平安がある

これは誰にも奪われない
いや、奪わせはしない

子どもたちの話を
ゆーったりきいてあげる余白もできた

適応障害がなおったら
子どもたちに
「よく付き合ってくれたね、ありがとう」
とねぎらってあげたい





深夜note
子どもへの想いを新たにさせてくれたことに
感謝あふれる。

そして、最後まで読んでくださった方
もしいらっしゃったら
心から、ありがとうございます。