SNSを全部やめた|③人への『見せ方』ではなく人からの『見え方』が
この記事は1753文字です。
熱量はハンパないけど、音速で読めるよ。
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SNSをやめて起きた変化5選の深掘りシリーズ。今回は③デス。
【おさらい】
①から⑤まで、全て関連性があるのはわかると思うんだけど、今回の③は非常にシンプルな理屈。
でも、蓋を開けたらとても深いものでした。
ではいってみよう。
▪️望ましい行動に戻す、それだけ。
『余暇の時間』にSNSをやってしまっていたのを、本来の望ましい『余暇の行動』に戻す。
SNSって、時間泥棒じゃん?
ちょっと見るだけのつもりだったのに…
やばい、1時間がヨユーで経過しとった!
マジ…ダメ人間ヤ…´д` ;オワッテル…
みたいな。(身に覚えあるでしょ!?)
人類よ、我々の限りある命をそんな事に日々費やしていて良いのか??。゚(゚´Д`゚)゚。アカン
そもそも論として、そんな危機感からSNSをやめたわけで、「本来の自分を取り戻す行動、建設的なことを再開しよう」となるのが、①〜⑤全てにおいて当然の流れなわけデス。
▪️余暇の充実というものは、思ってるより単純な話ではなかった!
ワタクシの場合は
・運動
・読書
・掃除
・子育て(料理を増やしたり勉強を見るなど)
・良質なアウトプット(つまりnote)
・音楽鑑賞
・外に飲みに出る
とかに置き換えていきました。
ハイ!QOL爆上がり!!
するとどうでしょう。
みるみる上がる自己肯定感…!!
掃除・子育て関連に時間を割くのは決して『余暇』ではなく、「④生産性」だと思うのだけど、
「役割として必要に迫られて仕方なく追われながらやっていた家事や義務の労働」
から
「より心地よい生活や人生を形作る実りある充足感のある行為」
に変貌したのです!!
コレ、すごくない?
料理するにも、今までなら半ばやっつけ仕事だったのが、新しいメニューに挑戦して子どもから好評を得たり、健康的かつ美味しいメニューを発掘したり。
キッチンドランカーになりながら(オイw)作り置きを作る時間とか、なんか妙に楽しい。
今までなら「うわぁ〜汚過ぎ、気分落ちる…」ってなってたお掃除が、手を動かす時間があると思えてる分、ササっとお掃除するようになった。結果、少ない労力でキレイが続く。
なんならお掃除が前より楽しくなって掃除の本も買って読んだからね!(笑)(単純)
生産性の高い行為が、一部「楽しみ」を兼ねるようになった。
これは思ってもみない発見だった。
読書とアウトプットのnoteに関しては説明要らないと思うけど。
今までは害の方が多かった承認欲求由来のストーリー投稿が、考えをまとめて文字にするという、本来の自分の一番好きな形での自己表現としてのnoteになった。
同じSNSでも、動機が180度違う。
心が、頭が、楽しいなって喜んでる。
そうしているうち、
自分の『在り方』が変わっていった。
▪️見せ方ではなく、在り方が変わったら起きた事
インスタで人にどう見せるか、をやめて、本当に充実した自分を求めるようになってからのある日。
以前から気になっていたバーのハッピーアワーにフラッと行ってみた。
読書しつつタバコを吸いながらひとりで飲むという至福の時間を過ごした。私の充実した余暇だ。
そしたらそこの常連さんとバーテンダーさんが、「あの人タバコ吸いながら読書してカッコいいね、また遊びに来ないかな〜?」って話してくださっていたらしいの。
また後日遊びに行った時、その常連さんとバーテンダーさんが「あっ、来てくれた!」と歓待してくださった。
とても良くしてくださって、楽しく話せる知り合いになったんだ。そこからまた他の常連さん達とも繋がっていき…
リアルでのコミュニケーションという充足感。楽しく話せる場と人が増えた。
何か寂しい時があったとしても、インスタに慰めを求めるのではなく、ひとりで静かに読書したり、リアルに会える人たちと良い時間を過ごしたり、、、
孤独との付き合い方が、前より上手くなった自信がある。(^。^)
私の『在り方』が変わったら、人からの『見え方』が、変わっていた。
さて、今日は長くなりました。
また今度ね!
チャオ⭐︎