見出し画像

待ち合わせはポエトリィ通りで


 まずは昨日の話をする。は道に迷いやすいが、まさかあれ程とは思わなかった。
 大学の夏季休暇、ワンルームはサウナ状態である。そこに友人が『じいちゃんが送ってくれたメロンの残り食べる?』と果汁が滴るような写真付きのメッセージを寄越せば、必然的に家を飛び出して『今から行く』だろう。
 

 小型の扇風機を持ち、シャツにデニム、駅を通って西口、地元の住民からは〈旧町〉と呼ばれるノスタルジックな辺りを歩き、コンビニエンスストアやスーパーマーケットを通り過ぎる。
 病院及び薬局の角を曲がるとすぐに、友人が住まう、海色の外壁が目印のアパートがーー何故かコインパーキングに変わっており、甚平姿でメロンを抱えた、涼しげな銀髪の少年と出会った。
 

 さては近未来からの使者。彼は友人の息子もしくは孫ではなかろうか、など僕はありふれた物語と著しい高温に思考を毒されている。
 唐突にぽんと投げられたメロンは表面の模様がリアルタッチなビーチボールだった。
 弾みでぽろりとヘタが取れたら空気も抜けて、腕の中で瞬く間に萎んでいく。
「君は僕を迎えに来たの?」
困惑のままに尋ねると、
「……」
物を言わずに左を指し示して、変に大人びた冷静な眼に薄気味悪さを感じながらその場を後にした。


 何はともあれ、無事にあちらで友人と落ち合えることを願って、見知らぬ幅の狭い坂を駆け上がり、どんどん奥へと進んだ。
 スポーツサンダルが踏み締める砂利、舗装されていない山道、躊躇いがちにセミ数種のラプソディを聴く。
 今更戻ろうにも、いつの間にやらスマートフォンは圏外になっており、木洩れ日を浴び、緑眩しい森のトンネルを抜け、次第に僕は童心にかえり、辿り着いたのは。


 湖畔にぽつんと回転遊具(グローブジャングルジム)が置かれた、何ともシュールなスペース。


 しかも、ひとりでにくるくると回ってみせる。とはいえカラフルな球体のみで、宝の山どころか観光客に向けた手・足漕ぎボートも、おまけにベンチすらなし。
 しばらく唖然として、汗みどろの自分を含め滑稽で、笑いが込み上げてきた。冒険の末にまたもやオリジナルの地図を作ってしまったらしい。


 ちり、り、りん。
 微かに風鈴の音を耳にし、振り返ると古めかしく、あまり外観が綺麗とは言えない、ゆえに閑古鳥が鳴くような定食屋が建っている。
 達筆の『冷やし中華あり〼(ます)』といった看板につられて「いらっしゃいませ」よりも早く、店内で寛ぐ友人を見つけた。


 素朴な木にありとあらゆる歴史が染み込んだテーブルに片手を掛けて、背もたれが低めの椅子をそっと引く。
「いやー、期待通りの味でさ。白米おかわりしちゃったよ」
「そりゃ良かった」
 なおもイラストが添えられたメニュー表を広げるマイペースな彼をよそに、こちらは中に入ったが最後、散々、注文を求められた挙句に……の図が目に浮かび、つい問い詰める。
「なあ、教えてくれ。僕たちは今どこに居るんだ。過去、それとも未来」


 すると普段はセルフサービスのお冷が運ばれてきて、うら若き店員
「住所的には〈新町〉の果て、です。ごゆっくり」
と答えた。
 ウエストがくびれたコップから水滴が落ちる。彷徨った結果として元々、僕が暮らす東口側に着くとは、迷子の極み。


 だが、友人がアイスコーヒーにガムシロップを2つまとめて入れ、
「俺なんか珍しくてデカいカブトムシ捕まえようと思って、途中で見失った。ま、お前も状況を楽しんでみろって」
あっけらかんと話すものだから、探偵宜しく謎を解くのはやめた。


 酢醤油と胡麻だれが混ざった冷やし中華で野菜をたくさん摂り、一瞬、不安がよぎるも電子決済可で助かる。
「先程は失礼いたしました。お客様はポエトリィ通りに初めていらっしゃったのですね。他店はご覧になりましたか」
店員の言葉を聞いて即刻、友人と顔を見合わせた。大自然だとばかり思っていた、が、腹ごなしに行く先が決まる。


 店を出ると成る程、数軒建ち並んでいた。
 どれも時が止まったかの如く。レトロ好きにはたまらないであろう、僕の心がまたくすぐられる。
「子供のうちしか遊びに来られない、みたいな雰囲気漂ってるね」
「でも正直さっきまでは何もなかったんだよな」


 迷うからこそ道を幾つも覚えて、自分にとっての〈新しい〉を知った。
 真っ直ぐでなくとも、ほら、次へ。
 人生はこんなにも愉快だ。


『午前の裏表紙』
15度以上16度未満
向かいに現れるあなたへ
この季節が好きで嫌いな事
今日迄のノンフィクションが
長編小説かどうかなんて
文字を数えていたら
水と間違えた味がして
酔いたかった
酔えなかった
序章で打ち切られる話の続きを書いて
10年越しに目次が出来たような
何も告げずに消えゆくファンタジー
あの書店に並ぶ本になれたら
あなたが少しは分かる筈だった

◆◇

『追い焚き不可』
土産物のキーホルダーは
どれも何処かに旅立ってしまう
限定のネイルポリッシュが零れる
こうやって思い出を塗り替えてきた
バスタブの偏光パールはミステリアス
底に沈めた入浴剤だけがしゅわしゅわと喋る
アワー・アンダーグラウンド・ハイツ

◇◆

『カッとパーマ』
ここは昔ながらの美容室
「お待ちの間にどうぞ」と
雑誌を渡したけれども
母親に連れて来られた退屈そうな子は
在りし日の私にそっくりで
幾度も座り直すソファが軋む
成長を見守っていても
いずれは風景と化す通り道
それで良い
ところで
「別れたら死ぬ」と言われた
恋愛ではない依存を切った
生きている人間が最恐ホラー
巧みに染めてハサミを入れて
これで良い?

◆◇

『名ばかりアミューズメントパーク
寂れたアーケード
禁じられたメダルゲーム
褪せて汚れて忘れて
コントローラーの所為にしたい
運命だって台詞は特別じゃない有名
信じて明日を本物にしたい
ビジューのゼリーフィッシュが泳ぐ
キャッチし損ねたロマンスは線香花火



 幼児期、グローブジャングルジムは団地の公園に(危険なため撤去寸前で)あった。
 僕の生まれ故郷と親について、友人は軽々しく触れずに
「あ、地球儀っぽいやつに乗りたい!」
と思い出したように声を上げ、
「立ってても簡単にてっぺん届くのは成長の証」
ふたりで湖畔を背に写真を撮る。水面の輝きはあたかもクリスタル・ガラスの如し。

 ただ現在、電波はおろか充電さえなく保存できたか否かは、まだ分からない。
 小型の扇風機を夕焼け空に透かせると季節の花に似ており、本物のメロン、もとい友人宅と不思議な少年の行方が気になった。


 曲がりくねった坂を延々と下って、暇潰しの言葉遊びにも飽きた頃、宅配用のスクーターとすれ違う。そびえ立つ研究棟、馴染み深いグラウンドに
「なんだ、もう大学の近くじゃん。ホンットに、俺らの今日は」
「楽しかったわ」
 一頻り騒いだ後は力を振り絞り、アパートまでひた走る。各部屋の明かりに加えて、壁の薄さにより両隣の生活音が漏れるくらい元通りで、ホッと安堵の溜め息を吐いた。


「大サービス」「ご褒美」などとふざけて、メロンを半分に分けて平らげた夜更け、毎度いびきをかく友人の傍らで、最後に僕はに思いを馳せる。

 落ち着いてみると、どうもおかしい。徒歩圏内にはなく、ましてや大学周辺と繋がる訳がない。例えるなら都合よく地図を切り取って、自在に貼り付け、そう、理想の街を作るゲーム感覚でーー
「お兄ちゃん、全然ダメだね。もっとメルヘンチックに」
 突如、何者かが考えを遮った。

 洗濯物が干しっ放しの細いカーテンレールに腰掛けた少年を視界の斜め上に捉え、更には後ろ、冷蔵庫の自動製氷機がじゃらじゃらと音を立て、示し合わせたようで僕は仰け反る(やはり、彼の仕業か)。


 こちらの反応に対し、少年は意味ありげにふふっと笑って、やがては三日月に溶けていった。