事態としての生命とは何か?
哲学的問いとは、答えの出ないものだと思われているが、それは違う。
概ね、問いの立て方に問題があるのであり、
たとえ答えが出ても、確証することができないのが常である。
実際、世の中にある問いに、正解があるかと問えば、
ほとんどは答えが見つからないものばかりである。
歴史や科学の通説すら、ひっくり返ることがあるわけだし、
社会的な問題に、テストのように穴埋めできる正当などあるわけがなく、
それっぽい答えをひとまず施行しなければならない。
とすれば、そもそも「哲学的な問い」とは何だろうか?
根本から疑うことは、学問を志した者からすれば、常に心がけておくべき理念である。
【生命とは何か】
それでは、「生命」とは何であろう?
人間は生命だろうか?この認識はあるだろう。
犬も猫も、蜘蛛も蜂も生命だ。
植物全般もそうである。花は生命だから、種から育つ。
では、細胞はどうだろうか?ここから感触が分かれて来るだろう。
さて、細胞は生きているだろうか?
たとえば、無精卵は生命か?
実を言えば、無精卵内の杯は、雛になることはなくとも、代謝を行っている。だから無精卵は生命と言える。
では、ウイルスはどうだろうか?ウイルスは自ら増殖する機構を持たず、他の細胞に侵入して、自分を増やしてもらう。
科学的には、ウイルスあたりから、生命かどうかが怪しくなってくる。
つまり、生命は①代謝を行い、②自己複製もするものと考えられているようである。
【生命とはどういった事態か】
私は「生命とは何であるか」でなく、「事態としての生命とは何であるか」を問いたい。
つまり、生命がそうした存在として認められる条件を述べるのではなく、
生命という事象がこの宇宙で、どのような働きをしているのかを考えるわけである。
「浸透圧」と呼ばれる事象がある。
これは、溶媒の密度が異なる溶液を隣接させたとき、
溶媒の密度が高い溶液から、溶媒の密度が低い溶液へ、
溶媒が流れる動きが生じる現象である。
浸透圧は、化学的なエネルギーの一つとして考えられる。
エネルギーとは「仕事に変換しうる蓄え」のようなもので、潜在的な量である。
そのエネルギーには、熱や光、量子などの種類があるわけだが、
とりわけ化学エネルギーには、①化合の際に放出する副産物としてのエネルギーと、②物質の関係性を維持しながら副産物として生じるエネルギーに分けられる。
①を活用した例は電池である。
というのも、電気エネルギーは蓄えることができず、都度生み出す必要がある。
一方、化学物質は形にあるものとして保存できる。
だから、中に化学物質を入れ、化合によって電気を生じさせる。それが電池である。
動物には、脳から四肢の末端にまで神経回路が伸びている。
神経細胞どうしが交わすのは、電気パルスと神経伝達物質である。電気エネルギーを消費して、伝達物質を運んでいるとも言える。
その電気がどこから生じたかと言うと、それも身体のうちである。
まさに、電池と同じく、化学エネルギーとして物質を蓄えていると考えられる。
生命は代謝し、自己複製する。
それを行うためのエネルギーの素が、化学エネルギーに他ならないと考えている。
つまり、化学エネルギーこそが生命の源である。
その役割は、エネルギーの貯蓄。
言い換えるならば、エネルギーが移り変わることを、遅延させるものである。
そして最初の浸透圧に話を戻せば、これは化合の発生のように、他のエネルギーを必要としない。必要な条件は、隣接性だけである。
つまり、化合よりもコストがかからない働きの発生である。
その動きは、隣接する二つの溶液における、溶媒の密度に差があるほど大きく、
差が小さくなるにつれて停止へ向かう。
この働きは、エネルギー遷移量の調節機構として活用できる。動きを引き起こすならば浸透圧を強め、遅くするならば浸透圧を弱めれば良い。
特に遅延機能という側面は、生命という事態を捉えるには、重要なポイントである。
【宇宙における生命という事態】
エントロピーという概念がある。
これは、宇宙における複雑性の度合いを示す。
熱は、高温から低温に遷移し、運動を起こす。この点は浸透圧と同じである。
もし、宇宙が一定の温度となったら、変化が起こらない。
というのも、あらゆるエネルギーは、最後に熱へと至る。
これは、エネルギー量の変換効率から算定できる。熱で他のエネルギーを生産するには、大量の熱差が必要であり、一方熱は、他のエネルギーが遷移する際には、必ず発生する。
この熱という現象を踏まえると、エントロピーの増大(宇宙の複雑性の減少)は、宇宙内にどれだけ熱差があるかで定まる。
生命は、エントロピーの概念と密接に関係している。
上記ですでに語った事態と照らし合わせて、ピンと来た方もいるだろう。
宇宙において生命は、エントロピー増大を遅延させる機構である。
たとえば「ヒト」という生命一つ考えてみても、脳の構造は複雑であるし、人のつながりで複雑な社会を形成する。
この生命における出産は、その周辺を局所的に捉えたとき、エントロピーを減少させている。ヒトの子どもがもたらす将来の複雑性は計り知れない。
複雑性の発生は、熱差や溶媒密度差など、強度の差の有無が関わっている。
そして、その差を生み出す一つのあり方が、境界を形成し、内と外という差を生じさせることである。
すなわち、それが生命である。
付録:背景知識
・アナロジー…電池と身体の緩やかな類似性を捉えた。
・自己組織化…プロセスの結果が、次のプロセスの開始の条件になるシステム。同じ形が何度も再生産される「フラクタル」がその事例。次の生成の促進及び遅延を調節する、フィードバックとしての自己言及性が生じている。