狭いワンルームの最上階から。
目まぐるしい1ヶ月だった。休職していた期間を4月から少しずつ復帰し、良い波に乗り始めたと感じた5月。仕事が調子良すぎて、Kindleが進んでいないので、今日か明日中に仕上げないとまずい。(5月末予定)って書いておいてよかったな、と改めて思う。
オンラインサロンコミュニティのほうも構築を進めていて6月にはOPEN出来ると良いが、少し行き詰まるところもあり担当さんに相談しなければ。それからライブもタイミングの合う時にやっていこう。とか考えていると、時間がいくらあっても足りないなあ。
事実としては事態は明らかに好転していっていて、全てがうまく進んできている。八方塞がりだったものも、今は解決してきている。
最近の悩みとしては「必要以上に外に出ることができない」ことだ。これは私が抱える不安症に関連するようなのだが。
仕事自体が自宅で完結するものがほとんどなため、基本的に家にいることで問題ないが、外に出るという気持ちにどうしてもなれず気が付けば1日、2日、3日、、、とこの家から一歩もでない日が続く。
幸い何かしらで外に出る予定が出来るのでその時には出ているが、しかしそれを苦に思うわけでもなく、どちらかというとこの小さな世界で仕事をし、ご飯を食べ、交流をし、全てが完結していくこの生活を有意義と感じるほどだ。
仕事の方との打ち合わせやネット上での交流があるため、社会との繋がりが切れるような孤独感に苛まれることもないし、土日にはここで会いたい人にも会える。贅沢で満足な日々を送っているのだ。
それでもなんとなく「これって仙人みたいだな」「人間っぽさがなくないか」「都会の無駄遣いでは」などという気持ちがふと湧いてくるので、まずはコンビニから、いや郵便受けにいくことから、ゴミ出しから…とハードルを下げながら「下界に降りる」練習をする。(ゴミは定期的に出している、家で全て完結するので汚部屋で過ごすわけにいかないのだ。)
ここは狭いワンルームの最上階の角部屋だ。少し歩くとすぐに都会になる場所に住んでいるが、住居している場所は静かで住みやすい。
在宅ワークもコロナ禍の前から5年以上やっているし、とにかく今の状態に不満はないのだが、なんとなく人間として家から一歩くらい出ておかないといけないのかな、という気持ちがある。
他の動物も、その動物らしからぬことをしていると「こんな自分でいいのかな」とか苦悩するのだろうか。チンパンジーあたりは知能が高いからするかもしれないが、しないのならチンパンジーでもいいかもしれない。
私の記憶の仕方が映像記憶ということを前に書いたと思うが、それはチンパンジーと同じ記憶方法らしい。なのでチンパンジーに対して私は、少なからず親近感を持っているのだ。
とまあ、つらつらと引きこもり生活について書いてみた。特に意味はない日記だ。たまにはこういうのも。
山口葵