見出し画像

ろくな先生と炭酸水。理科=家庭科。回想録。小説風。


学校の思い出と言えば、よく聞くものはイベント事とテストだろうか。正直イベント事は殆ど覚えていなくて、テストはきっともう解けない。
過去は気付いたら零れている水の様な、甘い様でいて刺す様な。色鮮やかなのに透明で綺麗なまま朧になって、流れて弾けて消えていく。ーー然ながら炭酸飲料水の様に……?( )
そういえばそんなルーツもある、折角なので遺していこう。

……勝手に恩師認定している先生が居る。実はそれなりに沢山。そしてそんな先生方は、人生の序盤に偏っている。
学校から離れてしまうと『先生』にはなかなか出会えない、病院にでも行かない限り。n=1、サンプル人数は1でもアンケート回答率は100、これは自分の思い出話。

ーー「ところでみんな、炭酸って好き?」

物心ついて久しい幼心で、炭酸水は『絶ッ対に買わない!』と。文字通り誓って決めた日の話。



好きな科目はさておき、好きな勉強は『理科実験』『調理実習』『課外活動』、時間を贅沢に使う勉強か怪しい勉強はいつも楽しい。
中学校で機会の増えに増える理科実験は、小学生には危険なのか、先生による実演式が時々あった。
月に何度かある『電気を点けても薄暗い部屋で行われる手品ショー』は理科室で先生が実演する実験なのだけれど、予習も復習もしない残念な児童に当然理屈は分からない。見て喜んでネタばらしを聞いて、あとは黒板を写すだけの楽しい楽しい一時間。もとい四十五分。

どの科目でも教える事になる小学校の先生。それでも各々に専門科目はあるらしく、小学校六年生の自分の担任は理科が専門。実際図工や体育なんかより、実験の時が楽しそう。アルコールランプの火はいつも綺麗、ストーブの炎もまたよろこばしからずや。
雪の降りたる日には言うべきにあらず。担任の先生と自分達児童は、休み時間毎にストーブを囲み雑談する。

「ところでみんな、炭酸って好き?」

雪国の学校で巨大ストーブを囲みながら聞くには、些か脈絡のおかしい問い掛けが飛来した三学期。真冬。自分達は首を傾げ、その後に顔を見合わせた。

炭酸?……たんさん?炭酸?単三?
……炭酸って泡のだよね?
たぶん……?( )
短パンの聞き間違い???
いや冬だし。
いつも短パンの子は隣の教室だよね。

内容はひそひそ話。目の前でひそひそ話も何も無いし、ストーブの稼働音で自分達の声は大きい。ひそひそ。ざわざわ。そしておろおろ。案外と子供達の『たんさん』の選択肢は多かった。

「……たんさん?」

もう顔も覚えていない同級生が聞き返す。先生は子供に見た目や、服の好みの良し悪しを聞いてくる様な、『わるい人』ではない。ーーよね!?先生っ!!!?!


「うーん……、ソーダ好き?」

「「「 すき!!!」」」


ーー素直な子供達の陥落は早い。炭酸だった。

美味しい飲み物の前に『背が縮む』だの『歯が溶ける』だのは関係ない。給食には毎日牛乳が添えられて、永久歯は永遠だから。夏と冬に食べたいものは何故か似ている。ソーダは冬に飲んでも美味しい。
なのでさようなら比較的暖かい三階の教室。次の理科は一階の雪に囲まれた理科室に移動になった。「先にストーブ点けてくるね!」と、嬉しそうなのは先生だけ……。
実験を見るのがどんなに好きでも、マイナスに近い寒さには勝てない。ストーブはどの教室も前側窓側で、雪室は温めても雪室。突き当たりの特別教室はクラス教室とは違い、床まで続く左右の窓でとても寒い。

「水には溶けるものと溶けないものがありまーす!」

まさか教科書の一行の為だけに、そんな雪室、もとい理科室への移動教室が確定した。


……じゃあ教室の続き、

「水に溶けるもの、って何があると思う?」

輝く犬歯の良い笑顔で先生が聞く。手元には謎のボトルと謎のスプレー缶、教卓の上には大量の小さいビーカーを用意してあった。

「雪!」
「氷!」
「砂糖!」
「塩!」
「お汁粉」
「おもち!」
「お茶」
「めんつゆ?」
「カレー!!!」

冬休み明けらしい回答が並ぶ、並ぶ。
成長するに伴い搭載される『なぞのはじらい』やら間違いを馬鹿にされる『こんちくしょー』に染まりかけの田舎の子供達は手を上げず。指名される前にひそひそ話す。恐らく先生の意図とは違う回答で、振り返ると寒い特別教室は別の意味でも寒い。救いはまぁ、児童同士で雑談レベルの声量だった事。
しかし担任の先生を慕いまくる一部の11才と12才は、手を上げて、明るく元気に「石鹸!」「シャンプー!」と声を上げる。

ざわめく理科室で「絵の具」とこっそり呟いたのは自分で、理科は図工で家庭科である。この混沌はもう総合的な学習でもあるかもしれない。
忘れている回答はあるだろうが、思い返せば返すほど、求められていた回答はそうではない……。これが授業参観であったなら、どんなに面白かっただろう。六年生担当が初めての若手、教員五年目の先生の手腕が問われすぎる。
けれど実はこの学級崩壊クラスを僅か一日で立て直した先生は、とても優秀な良い先生だった。

「おーみんな良いね!ーーじゃあ、実は『空気って水に溶ける』の、知ってる?」

全ての囁きを肯定しつつもばっさりと切り捨てる。勝ち誇った先生の顔があまりにも佳い。
水を打って静まる自分達の無言が示す回答は『……もちろん知らない』。

「空気も色々あって、水に溶けるものと溶けないもの、あと溶けにくいものもあるんだよね。で、魚は水の中の『見えない空気』が吸えるから息が出来る。」
「この『見えない空気』が『酸素』で、水槽でぶくぶく言ってる機械が出しているのが『酸素』。」

「ーーで。水に溶けにくいものがひとつあって、こいつが溶けにくいんだけど……炭酸の正体って何か分かる?」

!!!

静まっていた教室が俄に沸き立つ。ソーダだ、コーラだ、サイダーだ!炭酸と言えばシュワシュワの美味しい飲み物。そう、振ってから開けると怒られる奴……!( )


「こいつをものすごく頑張って水に溶かすと炭酸水になります」(ドンッ)


板書が走る。少しでも早く答えを知りたくて、カンニングしようとしても教卓は遠い。自分の視力では黒板は見えても、ビーカーの影のスプレー缶は見えない。教科書を見ようにも、理科室に教科書は持って移動しない。

『二酸化炭素』

落ち着きなく板書を待った『溶けにくい空気』の正体は、自分達の口から吐き出される気体だった。

「班の代表はストローとビーカー取りに来てー」


楽しい楽しい実験実習の開幕だ。水の入ったビーカーに挿したストローで、勢いよく水に息を吹き込むだけのーー水が勢いよく飛び散るだけの。あ、れ……?( )
各所から子供の叫び声と爆笑がする。自分達の班も四人がそれぞれビーカーを手に、同じ喜劇を演じている。
楽しい楽しい理科実験、そして途轍もなく無力な調理実習。貰った人数分のストローは本来の役目を果たす前にバキバキなった。そして匙の如く投げられた。ぺしょ。
……先生、さぞ楽しかっただろうなぁ……( )

「はーい、お疲れ様ー。静かにー!」
「炭酸水に出来たと思ったら飲んでみて?」

「『水』でしょ?」

笑う先生の台詞の前に、水は大体吹き溢れている。水も滴る残念な机と布巾を見てほしい。そして飲んでみた水は確かに『水』だった。あんなに一生懸命だったのに、全員上手く遊ばれている。これが年の功……!( )

「という事で、『二酸化炭素は水に溶けにくい』ーーんだけど、これからもう一度実験するから前に集まって。」

横に先生の立つ教卓の上、残っていたビーカーには目一杯の水とラップが張られ、先生は細長いストローの付いたスプレー缶を構えている。布巾は確か、予め敷かれていた気がする。
勿体ぶった沈黙の中、先生がビーカーの奥底に、スプレー缶のストローを突き刺した。


ゴファッ。


先生がものすごい勢いで水に吹き込むスプレー缶には二酸化炭素の文字、謎のボトルは精製水。自分達は水道水にストローで頑張っていたのに?!( )
虚しい努力の涙に代わり、先生のビーカーから水が盛大に溢れ出した。

「「「wwwwwwww」」」

ラップの隙間から沸き上がる水の勢いと凄惨な現場に何人かの子供達が笑い出して、自分も連られて笑う子供の一人になる。先生も笑っているしもうだめだ。状況が酷いから仕方がない。


「先生!零れてる零れてるっ!」
「大丈夫!」

「すごい溢れてる!!!」
「まだまだ!」

「布巾ーー!!!」
「、ごめんそれは助けて……ッ!( ) 」


自分達とストローどころか水槽に酸素を溶かす機械とも比べ物にならない勢いで、ビーカーの精製水に二酸化炭素が送られていく。濁音混じりの空気音とクラスメイトの騒ぎ声がそこそこ煩い筈のストーブの稼働音をかき消した。寒い筈がもう全員が、暖房の存在も忘れた謎の熱に浮かされている。
そうして数分後。「良い汗かいた!」みたいな清々しい表情の先生から、各々のビーカーで振る舞われた料理の名前が『ソーダ』もとい『炭酸水』。

軽く振ればシュワッと、儚い音のする『炭酸水』。

「じゃあ飲んで確認しよう、乾杯!」


……これが唯一、自分が『炭酸水』を飲んだ日の話。ついでに『知る限り最も純粋で最もコスパの悪い炭酸水』の話。
ーーそしてこれ以降すべて、炭酸はサイダーやラムネという『炭酸入りの『清涼飲料水』』を買い続ける所以になるとは露知らずーー…


「んゴフッ?!」

飲んだ炭酸水は舌が痺れる不味さだった。


「まっず」「にっがい」「(絶句)」
「ソーダだけどソーダじゃないっ!!!」

先生だけは平気な顔で飲んで笑っていた。

六年生の担任は幼心を忘れない、時に碌でもない先生で感謝に絶えない。本当に恩師だ。絶ッッッ対に炭酸水なんて買うものか!ーー覚えたぞ!身を以て!!!( )


『一酸化二水素+二酸化炭素=美味しくない!』


体験型学習としても理科実験としても大成功、完璧ながら成果物ゼロの調理実習。成功から学ぶ失敗の味。
大切なのは香りと甘み。味はバランスが取れて複雑なものの方が美味い。しっかり刷り込まれた『二酸化炭素は溶けにくい』と『純水なる炭酸水はとことん苦くて痺れて不味い』。……エピソード記憶はなかなか抜けない。童心に刻む記憶としてはあまりにも強い。
炭酸水、炭酸入り清涼飲料水、清涼飲料水、軟水、硬水、ミネラルウォーター……、一気に詳しくなった児童が何人か増えた。自分は硬水は不味いまで覚えてしまった。

今は『品名:炭酸水』が怖いを拗らせていて、安い炭酸水が恐ろしい。熱い渋茶が一杯怖い、なのではない。
結果、どんなお酒も炭酸は『品名:炭酸入り清涼飲料水』で割る大人になった。美味しいは正義、果糖ブドウ糖液糖の捕虜になろう。

仕返しではないが、担任の先生は卒業式にサプライズメンタルパンチで感涙に咽び泣かされる事になる。
自分以外も本当に先生に感謝していると思う。ありがとう……!子供達からの絶えぬ感謝と敬愛をくらえ!だから地元のスーパーでうちの親に会う毎に、SEC○Mの話をするのは許してください……。


ほんの数年後、中学校で理系専攻の優秀なる面白先生に、『カレーと絵の具は水溶液ではない』と習うのは別の話。そしてお汁粉も味噌汁も水溶液、ではない。

酒と炭酸は水溶液。あと海も。」

ーー大層な命の源の話。ヒトの半分以上は水である……。


そんな自分は三ツ矢サイダーの新絞りグレープフルーツの復刻をいつまでも待っています。オリジナルと特濃桃と、復刻レモラも大好きです。どうか届け……ッ!( )




雰囲気よくライティングも綺麗な炭酸水!トップに画像をお借りしました!共有ありがとうございます……!

別の先生達のnoteも置かせてください、よろしければこちらもお願いします……!(最後の迷言はこの面白先生です。)

下記は小話タグです、別の話もよろしければ……!

そしてこちらはレシピタグです、よろしければご一緒に。よろしくお願いします……!


よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはnote活動費など(食費/書籍代/遠征費/その他)に使わせていただきます!なにとぞ……!