PKPK(パパっと簡単ぱぱキッチン)12
あれほど暑かった夏が、名残惜しそうに秋へとバトンを渡し始める今の時期は、一年で最も過ごしやすく、気持ちの良い季節だなぁと個人的には思っています。
寝るのも楽しいし、体を動かすにもちょうどよく、何より不思議と食欲が湧いて来ます。
その分お酒もたくさん飲んでしまいがちなので、そこはいつも気をつけようと意識はしているのですが、気分がいいとついついもう一杯!となってしまうのも秋の特徴だと思います。
食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋、様々に形容される趣き深い秋ですが、私にとっては、「想い出の秋」という言葉が一番しっくりきます。
私は妻と東京で出会いました。
結婚する前、よく公園に出掛けました。
出会って間もない頃は、私もなぜかいい格好をしようと、あれこれ雑誌を読んだり下見をして、おしゃれなカフェやレストラン、観光地などをデートの計画に盛り込んでいました。
年上だし頼り甲斐がある彼氏だと思って欲しかったのかなぁと、今では少し恥ずかしくて、甘酸っぱい懐かしい記憶です。
普段はそんな所には滅多に行かないはずなのに、あたかも、
「東京だとこれくらいは当たり前だよね!」
と言わんばかりに、背伸びをして付き合っていました。
あれはちょうど今くらいの、風が心地良い季節だったと思います。
たまたま入った近所のファミリーレストランで、こんな会話をしました。
「なんかさ、いつもいろんなとこ連れてってくれてすごい感謝してるんだけど、アパートの近くとか、公園とか、ぶらぶら歩いて散歩とかも楽しいかもね!二駅くらい歩くのも面白いんじゃない?」
無邪気に提案する妻はニコニコ笑っています。
「そうだね!きみがせっかくこっちに出て来てくれてるから、ちょっとでもおしゃれなとこに連れて行きたいなって思ってたからさ。それに最初会った時、きみがイタリアンのお店が大好きでよく行ってるって言うし、古着屋さん巡りが趣味って話だったから、原宿とか高円寺とかあれこれ行こうかなって思ったんだよね。」
「あのさ、嫌われたくないからなかなか言い出せなかったんだけど、イタリアンって言ってもサイゼリアでパスタ食べたくらいだし、実は古着なんて持ってないし怖くて入ったこともないんだよね。趣味とかあんまり特になくて、嫌われたくなくて話を合わせてたの。なんかごめんなさい。」
そう言うと、妻はくちびるを噛んだような仕草で、下を向いていました。
「いやいや、おれだって、実はイタリアンレストランなんてこっちじゃ行ったことないんだよね。熊本の地元のお店の話をあたかもこっちの行きつけのお店みたいに、ちょっと見栄張って話してた。古着は学生の時は大好きだったけど、高円寺なんて、駅にちょっと降りたくらいだよ。おれの方こそなんかごめんね。ワインなんて、赤か白くらいしか区別出来ないし、ほんと言うといつも飲んでるの、ビールと焼酎だよ。ごめん。」
少し顔を赤くしていた妻が顔をあげ、笑い始めたので、私も可笑しくなって、つい大笑いしてしまいました。
「いや、でもさ、このお店のパスタ美味しいね。ついでにビール飲もかな。きみはワイン?あ、そうなんだ?レモンサワー?オッケー!」
妻もどうやらワインは少し苦手らしく、ちょっとだけ無理と背伸びをして私に付き合ってくれていたようです。
見栄っ張りの私と同じように。
そんな出来事があって、それからのデートは妻の手作りのお弁当を持って公園によく行くようになりました。
いろんな具材のおにぎりをたくさん入れて、手作り唐揚げやハンバーグをいっぱい作ってもらい、噴水の前に座ったり木陰にシートを張ってピクニック気分で頬張ったりお昼寝したり、二人の笑顔が前以上に増えた気がします。
夜は近くの居酒屋に入り、生ビールと妻が大好きな杏サワー、そして焼き鳥に冷奴、枝豆をおつまみに将来のことなどをたくさん話したのもいい想い出です。
「この前行ったファミレスのパスタ、結構美味しかったけど、きみが家で作ってくれるパスタの方がおれは好きかなぁ。量も気にせずたくさんおかわり出来るし、なんか子どもの頃に食べてた懐かしい味がして、また作って欲しいなぁ。焼酎にも不思議と合うんだよなぁ。」
私が豚バラ串をもぐもぐ食べながら何気に言ったその言葉が、妻にとっては何より嬉しかったらしく、結婚式の時も、そして病に倒れ、病室で命の灯火が消えゆく最期の時も、そのお礼を私に伝え、笑ってひとり、勇敢に天国へと旅立って行きました。
二十三年前の、秋の出来事です。
さて、久しぶりに息子と休みが合ったので、ご飯を一緒に準備する計画を立てました。
「まぁ、いい格好してママに好かれようって気持ち、おれもわかるばい。やっぱり男って見栄っ張りやしさ。おれも同じような経験あるよ。」
息子にそう励まされながら想い出話に花を咲かせ、料理をしました。
妻が生前よく作ってくれた、オリジナルソースをたっぷりかけたミートソーススパゲッティ、もちろんおかわりし放題です。
パセリ、自家製の一味唐辛子、ガーリックパウダーを入れています。
翌日のお昼もママが得意だった、明太子パスタです。
辛さたっぷりで、私も息子も季節外れの汗を額から流しつつ、おかわりをしました。たくさんのネギが特徴です。
夜は、息子が大好きな、我が家の定番、鍋料理です。
塩味をベースに、ニンニク、生姜、すりおろしのタマネギなどをブレンドし、残暑の疲れを吹き飛ばそうと、二人で完食しました。
この鍋の味付けも、妻が教えてくれました。
妻はよく、こう言っていました。
「料理って、みんなで笑って食べたいよね。夜は絶対鍋にして、〆のご飯とか麺までみんなで一緒にいて、楽しく食べたいな!」
と。
日々の生活にたとえ追われて忙しくても、たまにはこうやってゆっくり、いろん話をしながらご飯を食べるのが、私の幸せです。
料理は不思議だなぁと、ふと思います。
なぜなら、おなかだけでなく、胸もいっぱいになり、心の底からぽかぽかと温まるから。
誰かのことを思い、たくさん食べてくれるかな?おかわりしてくれるかな?
そんな思いをひとつひとつ込めながら、一品の料理が出来上がるのだと、私は思っています。
いつか私が天国の妻に会える日がやって来たら、おなかを空かせ、腹ペコで会いに行きたいです。
懐かしい、ほろ苦い想い出味のスパゲッティーを、頭を掻きながら食べ、
「出会ってくれてありがとう。」
「やっと、また、会えたね!」
そんな風にお礼が言いたい。
あの時は二人苦手だった白ワインなんか持って行ったら、
きみはあの時みたく、笑ってくれるだろうか。