シェア
覚えているか 目隠し用のガラスのついたてのあちら側から、まなざしだけで彼が言う。 暦のな…
森の下草が乾いた一隅に風が吹き渡った。 蛇は頭を高くそびえさせ、自分もまたハルシオンの茂…
まだだ。 まだ浮上してはならない。 ここは漆黒と圧迫の闇。私はどこまでも沈む。遠く彼方の…
暗闇にいた。 いた、という感覚すらない。それが暗いということも分からない。自分という始点…
西陽が奥深い森の頭上、木々の開けた隙間から射し込んでいる。 湿地のそばの草むらになった地…
お前ではない。 ひとまず息を吸って。とりあえず落ち着いて。聞こえてしまったの?ああ。肩の…
お前にこれをあげよう。 男がそう言って差し出した手には何もなかった。 森のなかにも季節の変化が訪れて、下草の色彩は黄色みを増し空気のなかにあった粘り気も日に日に薄らいでいく。鳥達はさらに空高く鳴き交わしている。 裸ん坊の男は自身で編んだ蔓草の布を纏い裸ん坊ではなくなった。 ひとたびコツを掴むと男は必要なものを全て自身の手で難なく作り出すことが出来た。生来の賢さが男には備わっていた。 蛇はときどき自分が世界で見知ってきたことを男の寝入るそばで語り聞かせた。そうしたお伽
「投影でしょうか」 その人は言った。 投影はそれ自体が答えへの扉だ。 彼はまさにその先触…
26℃に設定した空調の冷気が脚の表面を撫でてゆく。ベッドに長々と寝そべる私の、無花果の果肉…
夜はとっくに更けて通りの車の音もすっかりと止んでいる。ただ、遠くで救急車のサイレンがこだ…
裏山から蝉の声が聞こえる。 しゃわしゃわしゃわ、とひっきりなしに降り注ぐその音が昼下がり…
見て。 どうしたの、と男が女に視線を向ける。朝の光がうっすらと差し込んでいる薄暗い寝室で…
お前は優しいんだな。 首元に優しく巻きついた白蛇のしっとりとした鱗越しの血潮が心地良い。…
虚無と孤独。 私が見たのはそういうものだったのかもしれない。 我が身の内側にぽっかりと口を開き、あろうことか私自身を呑み込もうとしている洞の絶望的なまでの吸引力に芯から恐怖したとき、私は「私」からの強い要請で目を外界に転じた。転じることが出来た、と言ってもいいかもしれない。そのくらいそれは危ない局面だった。 目を上げたそこには蛇がいた。 日の光を受けて白く輝いている。 そしてそれは口をきいた。 「目が覚めたのね、裸ん坊さん」 なんと。蛇が喋った。