令和7年共通テスト国語試作問題第A問
大学入試センターからのリリース情報
2022年11月9日、大学入試センター(以下,センター)から、令和7年度大学入学共通テスト問題作成の方向性,試作問題および各試験科目の概要・時間割イメージが発表されました。なかでも『国語』は「現代の国語」「言語文化」という新科目を土台として作題されるため、どのような大問構成となるのかが注目されていました。これに先立ち、試験時間が80分から90分に拡大されるという情報は示されていたので、複数の文章や資料を参照して読解する問題が追加されることはある程度予想されていました。しかし大問として独立させるのか、あるいは現行の大問4つのそれぞれの中で小問として展開するのか、発表が待たれていました。センターからの方針は、以下のとおり、大問として独立、でした。
配点と90分という試験時間から考えて、この第3問にかけられる時間は最大で15分だろうと考えます。時間配分を小刻みに設定しながら解かなければならないのは、心理的負担が増大するのではないかと想像します。ともあれさっそくその試作問題を分析してみたいと思います。
試作問題に高校1年生が挑戦
新科目「現代の国語」の目玉として、「実用的な文章」という内容項目があります。その一側面をかいつまんで説明すると、図表やグラフなどのデータを比較したり組み合わせたりして解釈し、文章内容との論理的な関係を読み取る力を養う、といったものです。ここまで「現代の国語」の授業において「目的に合わせて表現を工夫する」「具体例を示す」といった単元を扱い、新聞記事や図表を基に論点を読み取ったり、文章の内容に関連するデータや具体例を調べて文章にまとめたりといった授業を構成してきました(「学びのトンネル」シリーズを参照)。こうして培ってきた力を試す意味で、授業にて試作問題A問に挑戦してもらいました。
実施方法
制限時間 15分
解答形式 タブレットで問題文を読んで解答し、解答フォームに入力、送信する。
対 象 1年生
設問ごとの解答状況と解説
問1ⅰは「文章と図の関係」を読み取る力を問うもので、文章の内容と、図で示された内容を照合して、一致・不一致を判断する問題です。ここで求められる視点は「#具体と抽象」「#因果」「#共通点・相違点」です。
文章については、段落ごとにトピックを抽象化して把握し、その具体例と関連付けて理解する見方・考え方が求められます。タイトル「健康分野における、気候変動の影響」、これをまず見落とさないことです。気候変動によって(原因)健康分野でどのような影響(結果)があるのかについての文章であることを確認します。タイトルは、文章のテーマや方向性を端的に表しているので、読解の指針となる重要な情報です。こういった小見出しタイトルは、いわゆる評論文読解ではあまり見かけませんので、資料文読解で特有のチェックポイントでしょう。では段落ごとにトピックをつかんでいきます。各段落は気候変動による影響をまず一般化して端的にまとめ、その具体例を挙げる、という展開で書かれていることを見取ります。
(原因)気温上昇 (結果)熱ストレス増加
(原因)気温上昇 (結果)感染症を媒介する節足動物の分布域等の変化
(原因)外気温変化 (結果)感染症の流行パターンの変化
(原因)極端な気象の増加による自然災害 (結果)被災者の健康リスク
(原因)温暖化による汚染物質の増加 (結果)超過死亡者数の増加
原因と結果を端的に説明した箇所で、さっと把握します。傍線部ⓐⓑは1、©は2、ⓓが4、ⓔが5の各段落に引かれています。
次に図ですが、上段「気候・自然的要素」が「原因」、下段「気候変動による影響」が「結果」という「因果関係図」となっています。4つの気候変動項目を原因としてとりあげ、そこからの因果連関がフロー図として表現されています。このフロー表現と、文章の各段落で取り挙げた因果関係を照合します。しかし、この図は文章を忠実に図式化したものではなく、別の切り口でより詳細に因果関係を説明したものなので取り挙げる項目にズレがあり、そのズレを見いだすことがこの設問の要求です。「異なる資料を照合して共通点(相違点)を見いだす力」が求められているわけです。ではどこに目をつければ、はっきりと共通点・相違点が見取れるか?―ここでは、ズバリ「結果」でしょう。原因の4項目は文章よりも詳しくて照合しづらいし、途中の矢印を丹念にたどる時間もない……。一番わかりやすいポイントは、最終着地点の「結果」です。すると、傍線部ⓐ©ⓓについてはフローの着地点のハコと一致しますが、ⓑⓔはありません。設問文は「図では省略されているもの二つある。…」のように、書かれていないものを二つ選ばせるものですが、「ⓑⓔが無いことを確認する」よりも、「図と該当する項目3つ」をチェックする方が早いでしょう。こうした「無いものを二つ選べってことは、あるものを三つ確認出来たら、その残りが求められる解答だな!」という発想の切り替えが選択問題へのアプローチとして重要です。正解は⑴です。正答率は80%でした。
続いて、(ⅱ)、【図】の「内容」「表現」についての説明として「誤っているもの」を一つ、【図】単体を根拠に判断する問題です。誤りのポイントは「図の内容そのもの」あるいは「表現上の意図や工夫」についての2点だということを設問文からおさえます。この【図】は先に確認した通り、上段「気候・自然的要素」が「原因」、下段「気候変動による影響」が「結果」という「因果関係図」となっていました。
次に選択肢の構造に注目すると、⑴以外は「AによってB」「AすることでB」「AによりB」「AするためにB」のように、「手段―目的」あるいは「目的ー手段」となっていることがわかります。⑴についても明示的ではありませんが「手段―目的」の構造であることがわかります。よって「誤りのありか」は「手段」・「目的」・「手段―目的の関係」の3ポイントです。決定的な誤りが⑵の「手段」の説明部分、「気温上昇によって降⽔量・降⽔パターンの変化や海⽔温の上昇が起こるという因果関係を図⽰すること」です。「気温上昇」「降水量・降水パターン」「海水温の上昇」は【図】では4つの気候変動項目として並列的に示され、それぞれが「原因」となって導かれる結果がフローとして表現されており、「それぞれの間の因果関係」は示していません。⑵が正解となります。正答率は63%、やや低い結果となりました。⑷と⑸を選択した生徒が30%近くいますが、原因としては⑷は後半の「目的」部分「特定の現象が複数の影響を生み出し得ることを示唆している」を誤りと判断したようです。「気候・自然的要素」からのフロー矢印が、複数の健康リスクに枝分かれして降りていることが把握できていないようです。⑸を選んでしまったのは、⑸だけが「目的-手段」の順に説明されていて、そこに違和感を持ったからではないでしょうか?また「いくつかの事象に限定して図示」が説明として何となく違和感を覚えたのかもしれません。気候変動の要素を4つに絞って展開していますから、矛盾はないのですが…。⑵の誤りに気が付かなかったために、⑸に行きついてしまったのでしょう。
【資料Ⅰ】【資料Ⅱ】複数資料を組み合わせて行った解釈の正誤を判断する問題。選択肢を概観すると、【資料Ⅰ】のうち、【図】【グラフ1~3】に基づき、それらと【資料Ⅱ】の文章を掛け合わせて得られる解釈であることがわかります。まず、資料Ⅱの文章を読解整理します。ここで発動させるべき論の展開把握の見方・考え方は、「#具体と抽象」「#並列」です。
資料Ⅱの文章は「また」という「並列、列挙」の接続語を手掛かりに、「緩和策」以外の3つの観点での地球温暖化対策が述べられていることを把握することができます。
◎地球温暖化対策
「緩和策」―温室効果ガスの削減(進行を完全に制御することはできない)
→「適応策」-生活・行動様式の変容/防災への投資
(具体例;熱中症予防サイト/保健指導マニュアル)
→「医療ニーズ・不足するリソース充足のための施策の特定」
(具体例;現行の緊急搬送システム、医療機関・従事者の状況)
→「コベネフィット(緩和策+健康増進)」
(具体例;自転車の使用=温室効果ガス削減+健康増進)
「また」を頼りに論点3つを分節できたか?それぞれの内容を抽象-具体の構成で理解できたか?が読解のポイントでした。
この文章Ⅱだけを根拠にして、「エ 地球温暖化に対して、温室効果ガスの排出削減を⽬指す緩和策だけでなく、被害を回避、軽減するための適応策や健康増進のための対策も必要である。」が正しいことがわかります。この観点からすでに⑴⑵⑸が×であり、⑶⑷の二択に絞られます。そこで⑶⑷の「ア」についての解釈が、⑶ア正しい、⑷ア誤っている のように割れているので、「ア」を吟味すればどちらが正解か確定します。アの内容は【図】にもとづいた解釈で、正しいと言えます。よって、正誤判断の正しい組み合わせは⑶、正解は⑶です。「イ」「ウ」の解釈の妥当性を吟味する前に答えが出てしまいました。現場レベルでは、こうした処理で時短を測ることも大事です。「イ」はグラフ2をもとに退けられますし、「ウ」についてはグラフ1と3の掛け合わせですが、全ての選択肢で「誤っている」か「判断できない」となっており、「ウ」を基軸にして選択肢を消去することは得策ではないので、根を詰めて解釈するだけ時間の無駄でしょう。
正答率は63%で、次に多かったのが⑷,⑸併せて3割弱。いずれも「ア」「イ」の解釈の正誤が判断できていない、ということがわかります。このことは「4人に1人の生徒が図とグラフを正確に読み取れない」ということを意味します。「ア」については、数ある資料のなかの「図」を参照すること自体がわからなかったのではないかと推察されます(あるいは参照した上での見落としか?)。問題なのはいずれも「イ」を正しいと判断している点です。確かになんとなく、異常気象で近年の方が降水量が多いような思い込みがあります。ゆえに選択肢文だけを読むと、直観的な印象に合致しており、「正しい」と判断してしまいそうです。つまり、⑷⑸を選択した生徒は、グラフをきちんと参照せず、選択肢文の印象から直観的に正しいと判断していただけということが推察できます。グラフ2を見れば「1901-1930」の降水量偏差は「1981-2010平均(縦軸)」との比較でほぼ毎年プラスであり、「1981-2010」のそれは「1981-2010平均」との比較でむしろマイナスの年の方が多いことがわかります。データを根拠に読み取ると、私たちの素朴な印象とは逆の事実が浮かび上がるのです。客観的な読み取りよりも直観的な感覚にあっている方を選んでしまう生徒が一定数いる、ということは重要な示唆であるように思います。
問3(ⅰ)を解く際の視点は「#具体と抽象」です。設問文によると、レポートの【目次】は、「ひかるさんがレポートの内容と構成を考えるために作成したもの」とあります。そして第3章は「気候変動に対して健康のために取り組むべきこと」と見出しがあることから。【資料Ⅱ】に準拠した構成になっています。先ほど整理した下のまとめと照合すると、第3章a ・bは「適応策」にあたり、dは緩和策+健康増進の「コベネフィット」だと判断できるので、c(空欄X)には、「医療ニーズ・不足するリソース充足のための施策の特定」が該当します。【目次】はレポートの内容と構成を考えるために作成されたものなので、空欄Xには具体策ではなく、それらをまとめて一般化・抽象化した文言レベルがふさわしく、かつa・b・dとその抽象レベルが整合している選択肢が正解となります。「#具体と抽象」という観点を活用し、選択肢を吟味します。
選択肢⑴⑵は「適応策」の具体例、⑷は「医療ニーズ・不足するリソース充足のための施策の特定」の具体例、⑸は記述無し。⑶が内容・抽象化レベルともに正しく適切なので、⑶が正解となります。⑷は内容的には正しいが具体例であるため、目次に記載するには適しません。
選択がばらけており、正解率が5割を下回りました。原因は「#具体と抽象」を判断軸として想定できなかったことだと考えられます。第3章のa・bは「適応策」をもう一段階具体的に説明したもので、選択肢の⑴⑵はさらにそれの具体策です。内容的には重複することになりますから、まず除外される選択肢です。しかしこれを選んでしまうということは、そもそも資料Ⅱの文章から3つの対策を導き出せていないし、文章中の「#具体と抽象」の整理ができていないことを意味します。
ここから生徒の苦手な見方・考え方が浮かび上がります。ーそれは「#具体と抽象」です!
まず先に解答状況をご覧ください。
正答率は26%、4分の1にとどまりました。正解の⑵よりも誤答⑸を選択した生徒の方が多くなるということは予想できませんでした。「レポートの内容と構成に対する助言として誤っている」のは、級友が助言をする際に論拠とした【目次】と【資料Ⅰ】【資料Ⅱ】の解釈や関連性の把握が誤っていて、その誤りに基づいた助言だからです。「助言として一理あって、誤っているとまでは言えない」ものは選択できません。なんとも歯切れが悪い基準ですが、だとすれば「はっきりとした事実誤認」が選択肢文の中に必ずあるはずです。よくわからないものは「保留」という手を使っていきます。⑴は確かに、一理あり、誤りとは言えません。「気候変動が健康に与える影響」と「対策」のように分割されるので、対策の対象があいまいです。⑶について、ひかるさんが用意したデータ(グラフ1~3)はすべて気候変動に関するデータばかりです。この一般化は正しいし、気候変動の結果生じた健康リスクに関するデータが無いのも事実です。⑷論の展開についてのアドバイスとして「誤っている」とまでは言えず、一理あるので、保留。⑸も確かに【目次】を見るとひかるさんの「考え・主張」の章が無いので、助言として不適切な点はありません。⑵の「大気汚染物質による感染症発生リスクの増加」が決定的な誤りです。助言の根拠となった【資料Ⅰ】の「図」の解釈に誤りがあります。「図」によると「大気汚染物質の生成促進」が原因となって引き起こされるのは「感染症リスクの増加」ではなく、「心血管疾患・呼吸疾患リスク」であるとわかります。選択肢文の前半の助言は妥当なものなので、後半部の検証をしっかり資料に基づいて吟味しないと、スルーしてしまいます。ここを見逃してしまうと、ほぼ「助言として誤っている」点を特定する基準がありません。どれも妥当な感じに思えてしまい、結果としてなんとなく選んでしまったようです。制限時間が迫り、焦りがあったかもしれません。
まとめー図表×文章問題で問われる力とは
試作問題第A問を解いてみて見えてきたことを整理します。求められる基本的な「見方・考え方」として次の3つが挙げられます。
原因と結果
具体と抽象
共通点と相違点
1については、文章資料、因果関係図、選択肢文のすべての読解に必要な見方・考え方です。これ抜きには太刀打ちできません。2は意外ですが生徒が苦手とするポイントです。上位概念・下位概念の区別が判然としていないことが明らかになりました。3については、「文章・選択肢文」と「図・グラフ」の対応を読み取る際に必要な視点です。いわゆる「グラフの読み取り」という力で、今回はこの思考段階を「とばして」解いていた生徒が4分の1に上ることがわかりました。この部分の苦手意識克服が求められます。
指導者としては、試作問題の出来不出来を批評したり、対策の要不要の次元であれこれ論じたりするのではなく、この試作問題の分析を通じて、鍛えるべき「見方・考え方」を洗い出して普段の授業方法や教材開発に生かす、という姿勢が大切なのではないでしょうか。洗い出した3つの見方・考え方はすべて学習指導要領の中で言及されているものでもあります。ここでもう一度基本に立ち返って『学習指導要領』を読み直すのもいいかもしれません。(おわり)