見出し画像

弱い個人の自覚と世界への眼差し

 中国上海に赴任して四ヶ月が経過した。今は春節で束の間の休息期間ではあるが、日本本社は稼働しており完全な休みではない。でも中国サイドは止まっているのでのんびり業務をこなせば良い。日本と中国を対比させて考える時間が当然増えた。個人レベルの行動様式や文化的、社会構造など多様なフェーズに対して思考を巡らす。ベースとなるのは日本人の偏見をフラットに修正したつもりになっている自分の甘い認識と印象論。

 ある歴史学者の主張によれば、日本のグローバル化は欧米経由の強い圧力によるものなのに対して、中国は宋時代からすでに国内で昨今のグローバル化に相当する個人主義の圧力に晒されてきた。経済的にも政治的にも表面的には遅れている印象を持つかもしれないが、マインド(処世術)としては世界的に見ても圧倒的にトップランナーであるとのこと。言い方を変えると昨今のボーダレスな情報化社会に相当する巨大な政府組織/社会体制に対して個人としてどのように振る舞って生き抜くべきか、その試練に中国人は晒され続けてきた歴史を持つということ。

 今から3つのエピソードを書き連ねるが、これは今の印象的な出来事として自分の中に一旦蓄積されたもの。常に暫定的な定位として記憶とその認識とがセットでアクセス可能な状態で脳内に格納される。でも新しい認識がインストールされれば記憶が書き換えられたり、アクセスできなくなったりする。逆に全く別の情報を含めて圧縮保存されることで、他のエピソード経由ならアクセスが可能だったりもする。

 ここで私が必死で書き留めようとしている理由は、今の記憶と数年後の記憶は必ず変化してしまうという強い自覚があるから。現在これまで以上に自分自身の認識の仕方が大きく揺らぎながら刺激的な体験を繰り返している。これは成長というような言祝ぐことではなく、どこか危うさを伴うようなプロセスだと感じている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【エピソード1】
 会社の同僚である中国人とは同じ船に乗っていることもあって、業務ベースの会話や議論に終止しがち。一方で中国語の語学学校ではもう少し幅のある会話ができる。個人レッスンなのでその合間にする雑談から感じ取れることが多々ある。
 小柄な若い女性の先生のレッスンだった。上海では日本と比べて若い人が多く、活気があるように見えると伝えた。彼女は現在の中国における出生率の低さを挙げて、あまりポジティブでないことを述べた。日本のメディアでも同様のことを報道されるが、当事者の彼女から同じことを吐露されるとすごくインパクトがあった。不動産、教育など生活圧力(プレッシャー)が多いことをその要因として挙げていた。日本メディアの中国報道はバイアスがかかり過ぎてほとんど信用を失っているが、これについては事実に近いようだ。不動産価格と教育熱の加熱は個人レベルではどうしようもない社会現象であるがゆえに、その対策として子供を設けないという個人の選択をしているのだろうか。個人の暫定対策としては適切である一方、それを恒久的な対策とした場合、結果として社会全体としては不合理になる典型的な事例だろう。個別最適が全体最適とは乖離する組織論と同様。ただ、全体最適とは時として強権的で、暴力的な側面があることを我々は何度も経験している。そしてそこにはバランスをとった最適解はなく、時間が全てを押し流してその構造をキャンセルする。少子化問題はどのような帰結を迎えるのだろうか。

【エピソード2】
 上海から四川へのフライトで隣になった中国人の女の子とWechatを交換して、たまにメッセージをやり取りしている。春節前にも少しメッセージのやり取りをした。彼女は家族の田舎に帰って、春節を祝うという。私は上海に残って日本本社の業務をこなすような近況を伝えた。彼女は会社が個人を搾取していると憤ってくれた。多少業務がある程度であり、彼女にそこまで言わせるほどのことではない。ただ自分が中学生の頃にこのような発言をしたかの考えを巡らせたところ、二つの論点が浮かび上がってきた。
・自分が中学生の時に中年の中国人女性とメッセージのやり取りなど決してしないし、しようとも思わない。
・そして会社と個人を搾取構造という知識も発想もない。
 まず一つ目の論点として中国人特有の人間関係というより、日本人特有の人間関係を再認識させられた。日本人は一般的に同性の同年代としてしか強い関係性を結べない。それに対して中国人はもう少しオープンだ。家族関係、友人関係が強固にありながら、あまり世代にも性別にも捉われず、おしゃべりする姿がここかしこで見られる。仕事場でも街中でも。時に共に笑い、時に言い争っていたり。日本ではそもそも交わらない。少なくとも私が青年期の頃は大人から相手にされなかったし、こちらも決して先方をリスペクトしていなかった。
 そして二つ目の論点。中学生の頃に会社と個人の関係性はただ働く場所という表面的な知識しか知り得なかった。彼女と私の条件として場所と時代が違うからだと思うが、彼女が大人寄りに振れているのか、私があまりに幼かったからなのか。幼い無邪気な時期が長い方が良いような気がする一方で、それを時代が許してくれないのだろうか。否、自分が幼稚すぎただけだ。

【エピソード3】
 日本人の駐在員数名と日本語が堪能な中国人同僚と飲み会に出かけた。話の流れで日系企業の中国人は日本語を喋れる人が本当に多いのに、日本人駐在員は中国語がさっぱりだという話題(耳が痛い話)になった。中国人のその同僚は日本での生活が長かったこともあり、特に流暢な日本語話す。彼は言った。単純に本気度の問題だと。中国人は生き残るために身につけていると言い切って、我々は何も話を続けることができなかった。
 私は知っている。彼はほぼ完璧な日本語を操るのに、昼休みに昼食を取らずにイヤホンで日本語の何かをヒアリングしている。そしてたまに我々日本人を飲み会に誘うのだが、それは日本人がプライベートな場で使う日本語の言い回しを学ぶことが目的だ。ネイティブが打ち解けた会話で即興で作る造語に彼は異常に反応する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 自国において情報化社会では客観的な報道も偏見に満ち満ちた情報もたくさん入ってくる。その情報を摂取すればある程度、自分自身を相対的、且つ俯瞰的に見ることはできる。ただその実体験として主観的な自分の視点が重要だ。この主観がなければどんな情報もいつまでも他人事になってしまう。海外にいるメリットはこの主観の獲得だ。(デメリットはここでは書かない)自分に自信がある強い人はその人なりの豊かな体験ができるし、自分に自信のない弱い人はその人なりのユニークな体験をすることになる。私は当然後者であり、その前提で何をするべきかの問いを日々中国人から学んでいる。

 中国人と同じような生き方や思考を真似る必要はない。ただ、自分の常識や固定観念を揺さぶられている状況では、自分の思考や思想のアライメントを調整することができる。日本では強者の論理が跋扈して弱者が卑屈になるような構図を感じてしまうが、中国では弱い個人に基づく強かな生存戦略が展開されているようにみえる。(先述の歴史家の主張を下敷きにすれば、中国人は過去からずっとそうやって過ごしてきただけだが)

 弱者の戦略はマルクスの叫ぶ「団結!」ではない。団結はすでにインターネットの高度情報化社会で実現している。それに団結しても集団の強さが得られないことはすでに時代が証明してしまった。

 団結して抵抗するのではなく、フローの概念で個人を捉え直すべきではないか。まずは社会や時代のフローに乗ること。流されるのではなく、サーフィンのように時代のウネリを感じてそれをある一定の時間乗りこなすこと。それを享受して悦びを得ること。波に打ち勝つほどの個人は存在し得ないし、その波に乗り続けることも不可能だ。また波は内部に核心があるわけでも駆動力があるわけでもなく、波はフローとしてエネルギーを持つことが本質である。弱い個人はサーファーのように始まりと終わりを強く意識して、その瞬間を刹那に生きるしかないという生物の当たり前を自覚することだ。良い波が自分のところに来るか否かの運も折り込みながら、達観と諦念も必要だ。しかし、決して溺れてはならない。

 そして成功と失敗含めて何度も繰り返す大人の姿を見せること。それを世代間で受け渡していくことがもう一つのフロー。日本ではこのフローが滞って、社会全体がノッキングを起こしている。自分だけが波に乗ることに集中したり、自分の実力不足を波や風のコンディションのせいにしたり、サーフィンをせずにそのスタイルだけ真似たり、サーファーのカルチャーを貶したり。そのような大人を子供は見ている。社会における個人とは決して強い立場ではない。どんな権力者もお金持ちも賢者も、美女もスーパースターも。皆が保護が必要な赤子で生まれ、いずれ年老いていく。社会は常に新陳代謝されてシステムとして活性化を保つ。つまり個人は社会の一部に過ぎず、何かを受け取って、何かを受け渡すというサイクルの中でしか個人は存在し得ない

 それは弱い個人の自覚でもある。我々が早急に身につけなければならないものは何かのスキルや自信や実績ではない、個人の弱さの自覚、世界への眼差しなどを通じての大人の常識を取り戻すことだ。上述の3つのエピソードは大人にすることを強く促すものだ。少なくとも私にとってはそれとして記憶された。

イラスト引用:chojugiga.com



いいなと思ったら応援しよう!