ゆきの
雪乃さんと僕のミステリーと少しエッチな日々。
『お姉さぁん。マッチはいかがですかぁ?』 椿のような唇の美少年は、遠く煮詰めた蜜で女性教師を魅了させていく。妙技をもたらしたのかと思うほど骨盤に柔らかいくびれをうねらせ、美妙そぐわぬ縦ながのへそは忘我を足掻く女性教師に恍惚を覚えさせていた。 この物語は心因性失声症の少年と、それに向き合った音楽教師のお話。三日月を椿色にした少年は大人になった今も彼女を慕い続けている。
ミステリー小説大賞2位作品 〜トマトジュースを飲んだら女体化して、メカケとその姉にイジられるのだが嫌じゃないっ!〜 『怖いのなら私の血と淫水で貴方の記憶を呼び覚ましてあげる。千秋の昔から愛しているよ』――扉の向こうに行けば君が居た。「さあ、私達の愛を思い出して」と変わらぬ君の笑顔が大好きだった。 同僚に誘われ入ったBARから始まる神秘的本格ミステリー。群像劇、個性際立つ魅力的な女性達。現実か幻想か、時系列が前後する中で次第に結ばれていく必然に翻弄される主人公、そして全てが終わった時、また針が動き出す。たどり着いた主人公が耳にした言葉は。 アルファポリス第4回ホラー・ミステリー小説大賞900作品/2位作品
交差点を照らす巨大スクリーン。それを見上げ、ギターを構え持つひとりの女性。彼女の蜘蛛の糸は地面が崩れ落ちたようにぷつりと切れ、鳴る事の無いノイズとなった。
←前話 ーー華が枯れてからじゃ花道を歩けやしないじゃないのさ。 「少しだけ眼をつむってごらん。次に瞼を開くとね、ただそれだけで見た事が無い世界が広がるんだよ」 なんと雪乃さんらしいのだろう……それは僕の左眼を何時までも灯る月のよう百花繚乱に開かせた。 ……まったくどこまでも暖かいなこの人は。 →次話 ⇔目次に戻る
←前話 月見には季節が早いだろうと美奈さんが言った。 「今夜はマルドゥク座にもうひとつ赤い月が左側に見えるんだよ」 前髪を夏夜に揺らした影に、 “ それ ” を見てみたいモノだと美奈さんは右手を私に重ねる。 “ 人 ” ってね、宿る時は双子なんだって。片方は現世に、もう片方は隠り世に生まれるらしいよ。 だからきっと " 足りない ” んだ。……って水月は三つ子だったのかもね。 『自分と藍香さんまでもだと五つ子だ』と雪夜の如く澄んだ声に風鈴がチリリと奏でる。
←前話 「お祭りに出るなら仮面を被る必要があるんだよ、生者か死者かわからないようにね。そうでないと惹かれてしまうからさ」 雪乃さんから聞いた話だ。 旧暦 七月十六日。今でいう “ お盆 ” はそもそも墓を参る為でも先祖供養でもなく “ 藪入りなんだよ ” と雪乃さんが言葉を続けた。 年に二度、一月十六日と七月十六日。江戸時代等は丁稚奉公のお休みでもあったようだが、それは後に追加したモノで本来は “ 地獄の釜が開く日 ” なのだという。 「だものね、私のような
←前話 午前四時。 閉店わずか早いのだけれど、そこは自営の特権だと看板を落とす。まして独りなのだから誰に気を使うでもない。清々しい自己責任だ。 エレベーターを降りた繁華街は連休明けの初夜に人通りは疎らで、似つかわしく無く澄んでいた。 古今東西。得てして繁華街って場所は “ いわく付き ” は定石なのだけれど、それは私が帰路を辿るココも例と違わない。 一等地に大きな公園が有り、そこは何者も建屋を作ら……いや作れないのだろうからまぁそれなりの土地なのだろうと推測
←前話 「オデンの中に豆腐は入らないでしょ?」 薄紅はすっかり深緑になる頃だというのに鎮座した祠であるかのような四面で腰に布団を跨ぎオデンをつついている。雪乃さんの寒がりはさも相変わらずだ。 左眼の違和感には随分慣れたのだろう。夢先を僕に明け渡した雪乃さんはまるで冥を隔てるよう撫でる前髪を嫋々と弛す……それは湯気の霞みを無くし艶までを醸していた。 「で、入れちゃったんですか? 豆腐っ」 「パスカルの賭けだよ。いいじゃないのさ、不味くなる事でもないのだし」 そ
←前話 『外は冷えるのだから突っ立ってないで早く上がらせろ』言わずにもせっつく雪乃さんは僕の背に顔を埋もらせた。 ……折り鶴? モノクロの羽根に読み取れる “ 岩手新聞 ” の文字。さしずめ新聞紙で折られたようだけれど、どうにも腑に落ちるモノでない……夕べにいそいそと店の営業へと向かい、連だっての帰宅……詰まるトコロそれは無人の部屋に突如と現れたことになるんだ。 いっぱいに広げたであろう新聞紙から折られた鶴は、到底郵便受けから入るサイズではない。それがまるで主
←前話 日中には遅く今宵と言うにはまだ早い頃、柑子色を跳ねらせる畳を雪乃さんがなぞった。『ほら、此処を見てごらん』と指を止めた先、そこは日陰でも日向でもなく何やら揺らぐように灰色と霞んでいる。 思うとそれは昔よりも随分小さくなった気がした。影踏みをしていた幼少期、灰色の部分を踏んだからセーフだとハシャイでいたはずなのだけれど…… お酒が足りていないよとねだる様にヤレヤレと膝を上げた時『ほら』と猫の唇が僕を見上げた。 あれ? 灰色が……影が伸びている? 「ボク
←前話 「……こんな話を知っている?」 猫の唇から幾度と溢していた彼女に託された木箱。その中で錆び朽ちていてた手の平ほどの短剣は乱雑にすかりと埋もれている事だろう。 『コイツはきっと私を近寄せないでくれるのだから』 あれから僕は随分と髪を伸ばしたようだ……風も無く深々と雪だけが舞う夜にそれは風鈴のよう、いつまでも横髪を揺らし続けていた。 「昔からそう。アイツは突然現れて忽然と居なくなるのよ」 美奈さんの肩に三回、僕はくすぐられたようにクシャミをした。 ー
←前話 影に寄せられ更に闇へ、そのまた奥へと……皆が戸惑い無く寄せられてゆく様を、ややも穿った見方をするのなら “ 夏 ” と言うのは斯のよう理りを無下反する季節なのだろうか。 ーー 綿雲のままのお天道が夕立ちに育つまでを見なかった月夜は、雌日芝をさも大木かのように和がせていた。 ……ポツリ、ポッ、ポツポツ 「れ、店までもたなかったみたいですね……折りたたみ傘なんて無いですよね? 雪乃さん」 ーー雪乃さんから聞いた話だ。 鬼灯と書いて “ ホオズキ ”
←前話 ピラミッドみたいにほとんど正四角錐の山ってあるでしょ? そんなモノが自然を装って幾多存在するこの国って “ 変 ” だと思わない? 鳥居の有無。ここでバージョンが二つ有るのだけれど、ソコは人目に付かないように鳥居も祠も無いと思うんだ。多分冷戦時代にソ連がやっていた事と同じ、“ 機密事項 ” なんじゃないかな。 「瞽女の眼を無理やり開いたとろこでさ、所詮演者でしかないんだ。……想いに足るでしょ? 生きた眼を閉じて尚、三味線行商をしなくてはならない醜穢をさ」
←前話 堕ちた時、紫色に跳ねる黄泉の洞窟で背のまま向いた眼差しに脚を掴まれた。 浅い水面に突如と浮き上がった異質は、一糸纏わずの長い髪を濡らし物の怪の如く明ける月夜に雫を跳ね上げている。 「見物料なんて取りゃしないけれどさ、ソレと君は番いなのかい?」 姫ヶ淵、標高高くからを源とした下流の池溜まり。今だ残る月夜に現れた真白い背がまるで恥らう事も無く水面を分けた。 化かされた様たうたうに「すみません」と何度も繰り返す……そうだろう、喰われてしまってはたまったモノ
←前話 ーー急ぎナマエをヨんだ……。 まもなく冬至の頃と言うのに蒼褪めた寝汗で顔を覆う様子を三晩も眺めたのだから興味を唆ったのだろう……僕は雪乃さんに伺われるがまま、まるで少女よう事の末を打ち明けた。 「先週仕事で福井に行ったんだっけ? ……その時水月が見知らぬ人に分けてもらった椿餅ってさ、葉の下に薄皮がなかった? それね、私にと買って来てくれた土産とは違う “ マガイモノ ” じゃないかな。 まったく……小浜の “ 椿 ” はダメなんだよ、碧薄いモノが覆っていたの
←前話 「面白そうだとソソるモノ。それだけなのだから私は上等なんかではなくてさ、まるでロクでもないんだよ」 ーー山間の水面で浮き世離れた背を眺めてからかれこれと十年越しになる。まるで柚子湯に水飴が流れ込んだの様、随分と僕はアテられたのか……いいや、これはきっと孤独感ってヤツなのだろう。 コタツに横たわる雑な姿勢のまま気配を消していく雪乃さんを追いかけようとしたのだから。 曰く、座禅だからと座る必要はないのだと雪乃さんは言うのだけれど、いかんせん初心者なのだから順序立
←前話 「何を見ているのかって? そうだね……どうやらそれは病気らしいのだけれどさ、私は必要な時だけしか左脳を動かしていないようなんだよ」 ーー幼少の雪乃さんと級友である高田美奈さんが店を訪れた翌週、連れ立って彼女の家を訪れた。 残暑の暮れを遮らないマンションの高層階、しかし閉ざしたカーテンのせいなのか室内は随分と湿度を溜めたような冷たさだった。 『……子供二人が自殺した家』 躊躇は遠くなる二人の背に、用意されたスリッパを履き倦ねてしまうほど想い余した僕を余所
←前話 倦ねるよう鋏を刺した封書。苛まれ事があるワケではないのだけれど、毎度訪れる健康診断の結末を覗くのはイヤなものなのだと傾げる僕に、カウンター越しの雪乃さんが “ ふわり ” 紫煙を揺らした。 「そのまま “ ロジャー・バニスター効果 " って言われるのだけれどね」 ーー雪乃さんから聞いた話だ。 イギリスのロジャー・バニスターと言う陸上選手が由来の事らしい。 1950年代。当時の医師や生理学者、科学者までもが人類が4分以内で1マイルを走る事は物理的に不可能
←前話 「霊障うんぬんではなくてさ、知らずにとは言えまるで不可逆な自殺行為なんだ。沙也加さんのそれに唯一可能性があるのなら催眠療法だろうけれど、世にまだ成功事例が無いんだよ」 「そ、それじゃあ私は……」 「沙也加さんは身体だけを残して消えてしまう事になるね。……四方、手を尽くしてはみるけれど、仕方のない事だと据えてほしい」 ーー三十歳にも満たない女性の顔に月明かりが映る。しかしその故では無い、恐らく彼女にとって “ 最期の綱 ” であったであろう雪乃さんの糸は手を伸ば