眼球。
←前話
月見には季節が早いだろうと美奈さんが言った。
「今夜はマルドゥク座にもうひとつ赤い月が左側に見えるんだよ」
前髪を夏夜に揺らした影に、 “ それ ” を見てみたいモノだと美奈さんは右手を私に重ねる。
“ 人 ” ってね、宿る時は双子なんだって。片方は現世に、もう片方は隠り世に生まれるらしいよ。
だからきっと " 足りない ” んだ。……って水月は三つ子だったのかもね。
『自分と藍香さんまでもだと五つ子だ』と雪夜の如く澄んだ声に風鈴がチリリと奏でる。
暑気払いと店の客にお裾分けされた獺祭に左眼を運ぶとお猪口に揺れる波紋は
『知っている? カワウソが獲物の魚を並べる様も獺祭って言うし、書物で調べモノをするのも獺祭って言うんだ』
と波を繋いでいた。
……まったく、やっぱりめんどくさい人だ。
ーー
雪乃さんは最新の義手は一手先を学習できるのだからと、古い知人の医師を口説いていたようだ。
「だって利き腕が肩から欠損していたらさ、たくさん年金もらえるじゃない」
屁理屈にもほどがあるとそうめんに箸を伸ばした時の僅かな違和感は、なるほど “ 天才医師 ” だったのだろう。
……
いつからだ? 彼女は結末を知っていた? ……あの時は? 私は一体いつ食べたのだろう、この赤い世界を。
→次話
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