ピダハン族。
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「面白そうだとソソるモノ。それだけなのだから私は上等なんかではなくてさ、まるでロクでもないんだよ」
ーー山間の水面で浮き世離れた背を眺めてからかれこれと十年越しになる。まるで柚子湯に水飴が流れ込んだの様、随分と僕はアテられたのか……いいや、これはきっと孤独感ってヤツなのだろう。
コタツに横たわる雑な姿勢のまま気配を消していく雪乃さんを追いかけようとしたのだから。
曰く、座禅だからと座る必要はないのだと雪乃さんは言うのだけれど、いかんせん初心者なのだから順序立ててもらえないかと浮かれた様、雪乃さんの上唇が猫になった。
ーー雪乃さんから聞いた話だ。
瞑想、座禅、スピリチュアルだの色々と言葉はあるけれど物理的には簡単でね、 “ 左脳を閉ざす ” ただそれだけの事なんだよ。
現実的な計算や過去の記憶や未来への想像、言語中枢。いわゆる俗世では欠かせないのが左脳の役目でね、右脳は最低でも五次元、かもするともっと高次元で “ モノゴト ” を捉える部位なんだ。
金縛りや幽体離脱なんてのは左脳のシャットダウンから起きるし、ありがちな霊能者なんてのも “ 脳 ” の使い分けに小慣れているってだけさ。
アマゾンの奥地に住むピダハン族って知っている? ヤツらったら色々とおもしろくてね、彼らの語源、思考には “ 過去 ” や “ 未来 ” が無いんだ。
それはつまりこう、“ 必要な時にしか左脳を使っていない ” んだよ。
なのに文明社会ではそれをスポーツで言う所の “ ゾーン ” だとか、達観や悟りだとさもざも難解にしているのだから……サヴァン症候群なんて名前まで付けてそれはもう “ 退化 ” ってヤツかもしれないね。
「左の目で右脳を見る感じがね、手っ取り早いのだけれど……これが癖、日常になるとね、もはやそれは “ 作為的サヴァン症候群 ” さ。……だけれどそんな事を “ 悟り ” と言うのならさ、現代社会には厄介なモノだよ」
ーー今だ、まるで初めて出逢ったように想わせる雪乃さんの成りが腑に落ちた。この人は感情的過去や未来が希薄……いや、存在していないのだろう。