八段錦。
ピラミッドみたいにほとんど正四角錐の山ってあるでしょ? そんなモノが自然を装って幾多存在するこの国って “ 変 ” だと思わない?
鳥居の有無。ここでバージョンが二つ有るのだけれど、ソコは人目に付かないように鳥居も祠も無いと思うんだ。多分冷戦時代にソ連がやっていた事と同じ、“ 機密事項 ” なんじゃないかな。
「瞽女の眼を無理やり開いたとろこでさ、所詮演者でしかないんだ。……想いに足るでしょ? 生きた眼を閉じて尚、三味線行商をしなくてはならない醜穢をさ」
ーー 三度目のロックアイスを僕がカウンターに落とすと、やれやれと雪乃さんは紫煙を揺らした。待ち人は七月の藪入りにと折り合った彼女……あの “ 蛇女 ” だ。
僕の失考が霞に解けた後、存ぜぬように耳を挟んでいると、彼女が雪乃さんと交わした言葉は幾度に魅力を増していった……それは雪乃さんに猫の唇を誘い、僕の喉をガリガリと掻くほどだったんだ。
「そ、群馬県のド田舎よ。四っ目の三女、で中ば無理矢理出て来れたって話なのよ。十六の時にさ」
「耳にした覚えはありますけれど……サンダルウッドやフランキンセンスなんて安い結界のカウンターではまるで道理ですね。随分と私は疎んじてしまったようで身に狭るってモノです」
「雪乃さんとはジャンルが違うんだもの、そりゃー……あ、知ってる? 水月君。ソコってね、カーナビで近づくと “ バックして戻ってください ” なんて言うのよ、なぁーんにも障害が無い一本道なのに、面白いでしょ?」
「……他にお客様が居ないとは言え大丈夫ですか? 藍香さん。弁を滑らせすぎては連れ戻されてしまいませんか?」
ーー子供のような声で大人口調のタメ口。彼女の放つ言葉は背中に冷たい小石をひとつひとつと乗せられたようで……それはまるで夏目漱石の夢十夜の如くだった。
きっと全てを理解するには僕の思考を捨てなくてはならないのだろう。
だけれどその夜を最後に彼女、藍香さんは藪入りの晩、そして今の宵まで扉を引く事はなかった。
ーー雪乃さんから聞いた話だ。
ドアの前に立てば、手を触れずにリシンダーを回せたり、アメリカンドックの中の棒だけを粉々したり……これを人体でと考えたら何が出来ると思う? その集落はさ、ユタとかシャーマン、陰陽師なんかとは別次元の “ 特異 ” 。彼女はその血筋なんだろうね。
その “ 集落の掟 ” とやらも知っていて、さもマートルズの鏡を自分に向けたのだから彼女は理解していたハズなんだよ。
多分 “ 演者 ” は気にくわないって事なんじゃない? エントロピーが混乱するなんてのも、それは人の摂理なのかも知れないね。