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2019年9月の記事一覧
【第3章】魔法少女は、霞に踊る (8/10)【妖精】
【目次】
【虚言】←
「……メロは、魔法少女なのね。まあ、やってることは、ドロボウさんだけど」
地下下水道のなか、メロは汚水路に向かって、リングをかざす。円輪の内側の亜空間にしまいこまれたきらびやかな宝石たちが、どぼどぼと雨水の流れに呑まれていく。
「豪勢な宝石だな。何に使うつもりだったのか?」
「……基本的に、孤児院の運営費なのね。余裕があれば、街区の人たちに炊き出しをしたりもする」
【第3章】魔法少女は、霞に踊る (7/10)【虚言】
【目次】
【刃魚】←
「気のせい、で済んでくれれば、ラクかもな。だが、クソが……確かに、聞こえた」
ダルクの瞳は、猟犬の輝きを放つ。立て付けの悪い扉が開く時のようなきしみ音がわずかに響くのを、男の耳は聞き逃さない。
一瞬、廃アパートのドアが風で動いた可能性を考慮したが、自身のなかで即座に却下する。
吹きさらしになって久しい廃家屋は、湿気に満ちた環境も手伝って、木製の部品はことごとく
【第3章】魔法少女は、霞に踊る (6/10)【刃魚】
【目次】
【厳戒】←
「……今晩は、すごい濃霧なのね」
マンホールのなかから這いだしたメロが、つぶやく。すでに変身は解除しており、飾り気のない灰色のレインコート姿になっている。
少女が、地上に脱出したポイントも、いつもよりもかなり離れている。市庁府の再開発が失敗して生じた、『廃屋街』と呼ばれる無人のゴーストタウンだ。
メロは、シスター・マイラと綿密に検討して、状況に応じたいくつもの
【第3章】魔法少女は、霞に踊る (5/10)【厳戒】
【目次】
【歯車】←
深夜、公立美術館の特設展示会場。公開時間はとうに終了し、照明の落ちた闇の空間を、警備員の懐中灯がときおり照らす。
「おっとっと……」
小さくつぶやきながら、巡回者の死角を、可憐な花弁のようなピンク色のコスチュームに身を包んだ『魔法少女』が、両手にリングをにぎり、機敏に駆け抜けていく。
美術館の外周部では、市警隊が凶悪テロリストを包囲したかのごとく、厳戒態勢を敷
【第3章】魔法少女は、霞に踊る (4/10)【歯車】
【目次】
【居所】←
「彩りのない街だと聞いてはいたが……予想以上かもな」
甲虫型の自動車が行き交う蒸気都市の中心部を、トレンチコートにつば広の帽子を身につけた細身の若者が歩いている。
最重要ライフラインである蒸気瓶の供給プラントが併設され、怪物のように膨れあがった市庁府ビルを中核に、有力商会のビルが競い合うように林立している。
そのいずれの建造物からも、常に蒸気の白煙が吐き出され
【第3章】魔法少女は、霞に踊る (3/10)【居所】
【目次】
【胃痛】←
──ガタッ、ガタガタ。
迷宮のように入り組んだスラム街の路地の奥。無人のアパートの影に隠れた路上のマンホールが小刻みに揺れたかと思うと、内側から開かれる。
「おっとっと。ふう……」
下水道のなかから、地上に這いあがってきたのは、灰色のレインコートを羽織った少女だ。目深にかぶったフードを降ろすと、リング状に編み込まれた金髪が現れる。
夜間、降り続いていた小雨は
【第10章】工房にて (2/3)【鍛刀】
【目次】
【龍骨】←
「お眼鏡にかなったかしら、マイスター?」
「さもありなん! 十二分なのよな!」
『淫魔』の問いかけに、女鍛冶は昂奮した声音で答える。
「……さっそく、鍛刀する。アサイラ。悪いが、炉のまえに移してくれ」
「わかった。手伝ってくれ、シルヴィア」
「了解だな、マスター」
青年と狼耳の獣人は、ドラゴンの肋骨の両端を持ち、移動作業に取りかかる。
そのすきに、リンカ
【第3章】魔法少女は、霞に踊る (2/10)【胃痛】
【目次】
【怪盗】←
円形の蒸気都市の中心点には、市庁府ビルが鎮座する。市庁府ビルの敷地内には、蒸気瓶プラントが併設され、噴き出す白煙は街のなかでも、ひときわ濃い。
『市警隊の護衛を嘲う! コクマー商会、魔法少女に襲撃される!!』
市庁府ビルの執務室、金髪のなかに白髪が目立つルパート・パターソン市長は、手にした新聞の一面を苦々しく見つめている。
『魔法少女』を名乗る義賊気取りの愉快犯
【第3章】魔法少女は、霞に踊る (1/10)【怪盗】
【目次】
【第2章】←
──ゴオォン、ゴオォン。
霧雨に湿った、煤けて灰色のビル街。深夜であるにも関わらず、都市のあちこちから蒸気の煙が噴き出し、巨大な生物のうめきを思わせる音を立てている。
都市の真上は、吐き出された蒸気によって産まれた厚い雲でおおわれ、モノクロームの街はかすみに包まれている。
濡れた石畳の通りが、水滴のむれでぼやけたガス灯の光で照らされる。蒸気機関という鋼の内蔵
【第10章】工房にて (3/3)【限度】
【目次】
【鍛刀】←
「善。まずは、ここまで……」
女鍛冶は、天井をあおぎ、深く息を吸って、吐き出す。魔人の姿をとる紅焔がほどけ、ひざもとの刀へと吸いこまれていく。
いまだ赤熱している龍の骨は、百分の一よりも小さく圧縮されていた。リンカは、加工した龍骨を鉄鋏でつかみ、水を張った桶のなかに入れる。
──じゅううぅぅぅ。
水面から湯気が立ち、周辺をおおう。やがて湯煙が晴れると、女鍛冶
【第10章】工房にて (1/3)【龍骨】
【目次】
【第9章】←
『聞こえているか、クソ淫魔──……』
自室のソファに身を沈め、サイダーを瓶に直接、口づけして飲んでいた『淫魔』は、脳内に響くアサイラの声を聞く。
「あー、聞こえているのだわ。その様子だと、上手く手に入れたみたいね」
『……扉を開いてくれないか。重くてかなわん』
「んん……ちょっと待つのだわ」
『淫魔』は、アサイラと視覚を共有する。ノイズ混じりではっきりと視認
【第1章】青年は、淫魔と出会う (31/31)【開門】
【目次】
【迂回】←
「それで……そのアドレスとやらは、どうすれば手にはいるんだ?」
ふたたび、いすに腰をおろし、紅茶をなめる女に対して、青年が質問する。
「そうね。いくつか方法はあるんだけど、一番手っ取り早いのは……」
女は、セクシーナースコスチュームの窮屈な胸元を押し開く。バストの狭間にしまいこまれていた、銀色のカードを取り出して見せる。
輝きを反射する金属片の表面には、『S
【第1章】青年は、淫魔と出会う (30/31)【迂回】
【目次】
【漆黒】←
「観測さえできれば、一発で送り返してあげられるんだけど」
青年と女は、階下の部屋に戻り、ふたたび丸テーブルを挟んで座っていた。
女が二杯めの紅茶をティーカップに注ぐも、青年は手を着けようともしない。視線を伏せた表情は、ひどく落胆した様子だった。一言も、話そうとしない。
「あー……だいじょうぶ? よかったら、気晴らしにセックスでもする?」
冗談めかした口調で女
【第1章】青年は、淫魔と出会う (29/31)【漆黒】
【目次】
【天文】←
「『天球儀』を使えば、ここから他の次元世界<パラダイム>を観察することができるのだわ。それが『天文室』の機能で、私の趣味」
「要するに、のぞき見か」
「あなた、いちいち気にくわない言い方をするのだわ」
女の右手人差し指が、リングのうちひとつの側面に触れる。白く長い指先が発光し、青年の見たことのない文字らしき文様が、円環に刻みこまれていく。
「なにを書きこんでいる