【第3章】魔法少女は、霞に踊る (8/10)【妖精】
【虚言】←
「……メロは、魔法少女なのね。まあ、やってることは、ドロボウさんだけど」
地下下水道のなか、メロは汚水路に向かって、リングをかざす。円輪の内側の亜空間にしまいこまれたきらびやかな宝石たちが、どぼどぼと雨水の流れに呑まれていく。
「豪勢な宝石だな。何に使うつもりだったのか?」
「……基本的に、孤児院の運営費なのね。余裕があれば、街区の人たちに炊き出しをしたりもする」
「せっかくの収穫を、捨ててしまっていいのか?」
男は、苦しげに身をよじりつつ尋ねる。メロは背を向けたまま、小さく首を振る。
「たぶん、あの宝石に発信器が仕込んであったんだと思う。そんなもの、持って帰るわけにはいかないし、それに、そのせいで……」
魔法少女姿のメロは、申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、石壁に寄りかかる男のほうを振り返る。
「まだ、名前を聞いていなかったのね」
メロは、少し悲しそうに首を傾げる。男はせきこみながら、顔をあげる。
「……アサイラ」
苦しげに、簡潔に、男は答える。
「アサイラさんは、なんで、メロのことを助けてくれたの……?」
「クソ淫魔が……」
アサイラを名乗る男が、聞き慣れない言葉を口にして、少女はふたたび首を傾げる。男は、困ったように頭をかく。短い黒髪は、どことなく蒼みがかって見える。
「いや……俺は、セフィロト社のエージェントに用があっただけだ」
「……ふうん」
アサイラの煮え切らない回答に、メロはとりあえずの相づちを打つ。
「ところで、すまないんだが……」
話題をそらすようなそぶりの黒髪の青年は、苦しげにうめきつつ、魔法少女に背中を向ける。メロは、はっ、と息を呑む。
後面のジャケットには、幾本ものナイフが深々と突き刺さり、大きな血の染みがいくつも広がっている。
「……こいつらを、抜いてくれないか」
痛々しい傷を見せつけられて、まるで自分が苦しんでいるかのように、少女は表情をゆがめる。
「でも、メロは医学のことは、詳しくないんだけど……こんな不潔な場所で抜いて、だいじょうぶなの? バイキンが入ったり、しない?」
「問題ない……少なくとも、俺は」
うずきに息を荒げながらも、アサイラは、至極当然のように言う。
メロは、おそるおそるナイフの柄のひとつに指を触れる。両手でつかみ、力をこめて、ゆっくりと引き抜く。
硬質の刃が血の通った肉のなかをすべる生々しい感触が、手のひらに伝わってくる。背筋は外れているが、傷は深い。もしかしたら、内蔵まで届いているかもしれない。
「グゥ、ヌギギイ……ッ」
満身創痍の青年は、激痛にうめき声をこぼす。少女は、ナイフのうちの一本を引き抜き、地下下水道の石畳に投げ捨てる。乾いた音を立てて、黒い刃が転がっていく。
「あわわ……ッ!?」
予想した大量出血が無かったにも関わらず、思わずメロは声を上げる。傷口がからあふれ出したのは血糊ではなく、タール状の粘液だった。
闇の塊のような分泌物は、不気味にうごめいたかと思うと、アサイラの背に張りつき、そのまま傷口をふさぐ。
「いいぞ。そのまま……続けて、くれないか」
「は、はい……」
メロは、激痛をこらえる青年に気圧されて、指示されるままに突き刺さったナイフを引き抜いていく。
やがて、最後の一本が抜き取られると、アサイラはせきこみながら身をよじり、ふたたびレンガ造りの壁に背をもたれかける。
苦悶の表情をかみしめながら、浅い呼吸を繰り返す青年をまえにして、メロは歯ぎしりをする。同時に、周囲に散らばる抜き取った黒いナイフを見やる。
(魚に……ならない?)
「……どうか、したか?」
怪訝な表情を浮かべるメロに対して、アサイラが顔をあげる。メロとアサイラの視線が、合う。
「え……ッ!?」
少女は、見えないなにかが直接、頭のなかに飛びこんでくる感覚を味わう。
『……ますか。聞こえ、ますか。いま、あなたの心に、直接、語りかけています……』
メロの脳裏に直接、女性の声が響く。あわてて、左右を見回すも、少女と青年のほかは、人間はおろか、ネズミの気配すらない。
「あなたは……誰?」
少女は、頭のなかに語りかける声の主に問い返す。
『私は、愛の妖精……魔法少女さん。あなたは、いま、お困りではありませんか? ぶっちゃけ、ピンチなのではありませんか?』
「うん……実は、そうなのね。妖精さん……なにか、いい方法はないかしら?」
『私でよろしければ、魔法少女さん、あなたにパワーアップの方法を教えましょう』
「おい……やめろ、クソ淫魔!」
うなだれていたアサイラが慌てた様子で立ちあがろうとするも、よろめき、尻餅をつく。メロは、青年の肩を押さえつつ、汚れの染みついたアーチ状の天井を仰ぐ。
「妖精さん。それは、本当なのね? だったら……メロに、教えてくださいッ!」
『わかりました。それでは……』
→【蒸気】
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