190922パラダイムシフターnote用ヘッダ第03章04節

【第3章】魔法少女は、霞に踊る (4/10)【歯車】

【目次】

【居所】

「彩りのない街だと聞いてはいたが……予想以上かもな」

 甲虫型の自動車が行き交う蒸気都市の中心部を、トレンチコートにつば広の帽子を身につけた細身の若者が歩いている。

 最重要ライフラインである蒸気瓶の供給プラントが併設され、怪物のように膨れあがった市庁府ビルを中核に、有力商会のビルが競い合うように林立している。

 そのいずれの建造物からも、常に蒸気の白煙が吐き出され、ピストンの上下運動の振動が石畳の歩道にまで伝わってくる。

「クソが。ひどい湿気だ」

 若者の悪態も、雑踏の音にかき消される。細身の男は、つば広の帽子を整えると、メインストリートに面する高級ホテルの回転ドアをくぐる。

 ビロードのじゅうたんが敷き詰められたロビーを突っ切り、蒸気駆動のエレベーターに乗りこむ。

──ガゴォンッ。グギギギ。

 うなり声と歯ぎしりのような音を立てながら、若者を乗せた鉄製の箱がケーブルでつり上げられていく。

「クソが。耳障りだ。これで五ツ星ホテルだってんだから……こんな街に常駐することにでもなったら、ノイローゼになるかもな」

 やがて、エレベーターは一度だけ大きく揺れると、目的の階で停止する。細身の男は、無人の廊下に踏み出すと、部屋の番号を確認していく。

「ホテルの部屋番号って仕組みは、どこの次元世界<パラダイム>でも変わらないものかもな」

 若者は、目当ての部屋を見つけると、つば広の帽子とトレンチコートを脱ぎ、左腕に抱える。ジャケットの胸元には、銀色のネームプレートが輝いている。

 つば広の帽子の下からは、ツイストヘアの頭部が現れ、ねじれた髪の影からのぞく鋭い眼光がマホガニー製のドアをにらむ。

──コココンッ。

 トリガーの軽いオートマチックピストルを連射するようなリズムで、細身の男は、ノックする。

「ドーゾ」

 これまた調子が狂いそうになるほどマイペースな声音の返事が、室内から戻ってくる。男は、ドアノブを握り、押し開く。

「失礼する。ドクター」

「よく来てくれた。ダルク・ヴィニオくん……でよかったかナ?」

「……ああ」

 ダルクと呼ばれた若者は、ぶっきらぼうに返事をする。

 ダルク・ヴィニオ──若干二十歳でアンダーエージェントから昇進し、その後も功績を挙げ続けている。セフィロト社の工作員のなかでも、若手のホープだ。

 部屋で待っていた、赤い光を放つ精密カメラ型の義眼、ジャケットの代わりに白衣を羽織った老人──『ドクター』は、読みかけの現地の新聞を机に置く。

 かくしゃくな老人が、若者を迎えるようにいすから立ち上がると、白衣の胸元に取り付けられた黄金のネームプレートが輝きを放つ。

「ドクター、例のものは?」

「なんとなればすなわち。もちろん、用意してある」

 白衣の老人は、部屋の片隅に追いやっていたジュラルミンケースをつかむと、調度品のテーブルのうえに持ちあげる。

 ジュラルミンケースの生体認証ロックが解除され、開かれると、内部には大量のナイフが収められている。刀身の色は、夜の闇のように黒い。

 黒いナイフを見たダルクの目元が動き、『ドクター』の口元がにやりとゆがむ。

「試作兵器『刃魚変転<ソード/フィッシュ>』だ。気に入ってくれたかナ?」

「気に入るかどうかは、使ってみないとわからない……かもな」

 漆黒のナイフを一本、手に取った『ドクター』は、刀身を指でなでる。

「これは、オリハルコン製の刀身にユグドライト・コーティングを施したものだ。投射型召喚魔法を技術的に応用することで、形質のターンオーバーを可能にしている。しかし、現在、オリハルコンの性質が発揮されうる条件は限定され……」

「……ドクター」

 堰を切ったかのように止めどもなくテクニカル・タームがあふれ出す『ドクター』の口上を、ダルクは抑揚のない声音でさえぎる。

「技術的な話には、興味がない。使い方さえわかれば、十分かもな」

「……そうかね? 残念だナ」

 心底、口惜しそうな声音の『ドクター』は、別のかばんからタブレット型のデバイスを取り出すと、ダルクに手渡す。

「『刃魚変転<ソード/フィッシュ>』のマニュアルと制御プラグラムはもちろん、ターゲットの情報も入っている。確認してくれ」

「ふむ……」

 ダルクは、タブレットデバイス内の情報を、慣れた手つきで閲覧していく。

 ターゲットのプロファイルを開くと、昨今、この都市をにぎわせているという『魔法少女』の映像が表示される。

「ターゲットは、推定パラダイムシフター。できれば、生け捕りにして欲しいかナ。当然、査定ボーナスは期待してもらってかまわない」

「……パラダイムシフター?」

 ダルクの眉根が動く。若者の疑念を先読みするように、『ドクター』の義眼が赤く発光する。

「この次元世界<パラダイム>には、魔法<マギア>は存在しない。ターゲットの使用する特異な能力は『シフター・エフェクト』と考えるのが自然だ」

「ドクターがそう言うのなら、そうかもな……」

 ダルクは、デバイスの画面から顔をあげて、『ドクター』を見やる。白衣の老科学者は、「質問があれば何なりと」とジェスチャーで示す。

「ターゲットの所在地、あるいは行動パターンは、つかめているのか?」

 若人の質問に、『ドクター』の口元がふたたびにやりとゆがむ。

「『魔法少女』が、次の犯行予告を出している」

『ドクター』が、現地の新聞をかかげてみせる。一面には、「神出鬼没の魔法少女! 次の狙いは特設宝石展か!?」と大見出しが踊っていた。

【厳戒】

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