【第1章】青年は、淫魔と出会う (29/31)【漆黒】
【天文】←
「『天球儀』を使えば、ここから他の次元世界<パラダイム>を観察することができるのだわ。それが『天文室』の機能で、私の趣味」
「要するに、のぞき見か」
「あなた、いちいち気にくわない言い方をするのだわ」
女の右手人差し指が、リングのうちひとつの側面に触れる。白く長い指先が発光し、青年の見たことのない文字らしき文様が、円環に刻みこまれていく。
「なにを書きこんでいるんだ? 文字か?」
「魔法文字<マギグラム>を見たことないの?」
『天球儀』の調整が終了したのか、女は顔をあげ、青年のほうを振り返る。
「つまり、あなたの出身の次元世界<パラダイム>には、魔法<マギア>が存在しないわけね。貴重な情報だわ」
「それで。ずいぶんともったいつけられたが、俺はどうすればいい」
青年の問いかけに、女は望遠鏡部の接眼レンズを指さす。
「あなたの精神から読みとったアドレスを、リングに書きこんで角度調整を済ませたのだわ。のぞいてご覧なさい。見えるはずよ?」
得意げな顔の女の横で、青年は身をかがめ、望遠鏡をのぞきこむ。
「ふたでもしているのか?」
「……はあ!?」
青年の眼に写ったのは、完全な黒一色の視界だった。ドーム状の天井を見上げたほうが、まだ彩りがある。
「そんなはずは、ないのだわ! ちょっと、貸しなさい!!」
女が慌てた様子で青年を押しのけ、自らも望遠鏡をのぞきこむ。
「……本当だわ。見えない」
女が、呆然とつぶやく。
「つまり? 長々とした自信たっぷりのご講釈は、真っ赤な嘘だったわけか?」
「そそそそんなことないのだわ! だいたい、嘘つくにしたって、こんなにすぐわかる嘘をつくわけないでしょう!?」
「確かに、そうか」
青年は、あきれた様子で独りごちる。
「滅多にないケースではあるわけだけど、観測できないケースも存在するのだわ」
女は動揺を隠すように、ハイヒールの音を響かせながら、『天球儀』の周囲をぐるぐると歩き回り始める。
「次元世界<パラダイム>との距離が離れすぎていて、『天球儀』の観測範囲を超えている可能性とか、観測を邪魔する存在が間に割りこんでいる場合とか……」
「そもそも、その世界が存在しない、とか?」
青年の問いかけに、女は口をつぐんで、沈黙した。
→【迂回】
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