【第10章】工房にて (2/3)【鍛刀】
【龍骨】←
「お眼鏡にかなったかしら、マイスター?」
「さもありなん! 十二分なのよな!」
『淫魔』の問いかけに、女鍛冶は昂奮した声音で答える。
「……さっそく、鍛刀する。アサイラ。悪いが、炉のまえに移してくれ」
「わかった。手伝ってくれ、シルヴィア」
「了解だな、マスター」
青年と狼耳の獣人は、ドラゴンの肋骨の両端を持ち、移動作業に取りかかる。
そのすきに、リンカは燃えさかる炉のまえに立つ。白装束の腕をまくると、なんの躊躇もなく、煌々と輝く炎のなかへと手をつっこむ。
息を呑む『淫魔』を後目に、女鍛冶は涼しい顔で腕を引き抜く。炉のなかから取り出された右手には、火傷ひとつなく、赤熱する刃を持った刀が握られている。
「鉄は熱いうちに叩け……なんて言うのよな」
アサイラとシルヴィアが移した龍の骨をまえに、リンカはあぐらをかいて座る。手にした刀は、そっと己のひざのうえに置かれる。服や肌が焦げる気配はない。
白装束の女鍛冶は、背筋を正し、呼吸を整え、まぶたを閉じる。まるで、高僧が瞑想をするかのような姿勢だ。
「我は炉、刀は焔、そして、鎚持ち打ち鍛えるは──」
謳うような朗々としたリンカの詠唱が、工房に響きわたる。
「──龍剣解放、『炉座明王<ろざみょうおう>』」
女鍛冶の言葉に応じるように、ひざのうえの刀から紅蓮の炎の渦が舞い上がる。神々しいまでの輝きを放つ火焔は、やがて人の姿を形作っていく。
アサイラは目を見開き、『淫魔』は息を呑み、シルヴィアは耳と尾をそばだてる。
リンカの身と半分重なるように、炎でできた巨大な魔人の姿が現れている。魔人の顔には憤怒の形相が浮かび、右手には赤熱する鎚が握りしめられている。
「さて……始めるのよな……!」
双眸を見開いた女鍛冶の意志に応じて、魔人の右手が龍の骨を抑えつけ、そこに右手の鎚が振り下ろされる。
──ガアァンッ!
硬質な音が工房中に響きわたる。あまりの音量に、シルヴィアの狼耳がたたみこまれる。魔人の鎚は、かまうことなく何度もドラゴンの肋骨に叩きつけられる。
「それなりに、時間がかかる……アンタらは、うえでくつろいでいて、かまわないよ……ああ、音がうるさいのは勘弁なのよな」
手元から視線をぶらすことなく、リンカは声をかける。アサイラたちは、返事をすることも忘れて、鬼気迫る鍛冶場の様子を凝視する。
「その刀も……『龍剣』なのか?」
半ば独り言のように、アサイラがつぶやく。
「ああ……そうだよ」
応える女鍛冶の額から、一筋の汗粒が流れ落ちる。
「欲しいのかい……? だけれど、命の恩人の頼みでも……さすがに、この刀は譲れないのよなぁ」
軽口をたたく言葉の内容とは裏腹に、リンカの表情は真剣そのもので、眼差しからは恐ろしいほどの精神集中を伺わせる。
女鍛冶の頬をだらだらと汗がつたい、白装束は見る間に濡れそぼっていく。炎の魔人は間断なく、鎚を振り下ろし続ける。
「こいつは、アタシの一族の家宝なのよな……家から逃げ出すときに、腹いせに、かっぱらってやったのさ」
己の身にかかる負荷をまぎらわすように、リンカは冗談めかして言う。
「……本家の連中は、いまごろ、大騒ぎだろうさ……出奔してから、『炉座明王<ろざみょうおう>』の力を引き出せるようになるなんて、とんだ皮肉なのよな」
魔人の鎚と龍の肋骨がぶつかりあう、硬質な音が幾度となく工房に反響し続ける。白くくすんだドラゴンの骨は、やがて赤熱した輝きを放ち始める。
「『龍剣』ってのは……文字通り、龍の骨から作り出した刀、なのよな」
ゆるく弧を描くようにたわんだ肋骨へ、魔人が鎚の一撃を打ちこむごとに、少しずつ真っ直ぐに形成されていく。
「だが、『龍剣』の真価は……刀としての質、じゃあ、ないのよな……」
見れば、大樹から切り出した丸太ほどもあったドラゴンの骨が、わずかずつ縮んでいるように見える。
──違う。
リンカの意志に応じて、火焔魔人が鎚を振り下ろすたびに、ただでさえ高密度を誇る龍の肋骨が、さらに強く硬く圧縮されていく。
「いまなら、わかる……『龍剣』を、真に使いこなせば、魂の力を引き出す導線となる……アタシの場合、それが『炉座明王<ろざみょうおう>』なのよな」
魅入られたように、女鍛冶の鍛刀を凝視していたアサイラは、はっ、と顔をあげる、かたわらの『淫魔』とシルヴィアのほうを振り返る。
「リンカの刀も『龍剣』なんだよな。あれを使えば、セフィロト本社の次元障壁も破壊できるんじゃないのか?」
「もちろん、アサイラが龍の骨を取りに行っているあいだに試したのだわ」
鎚と骨がぶつかりあうたびに飛び散る火花を見つめながら、『淫魔』が応える。
「だが、失敗だったのだな。マスター」
アサイラを見つめ返したシルヴィアが、無表情に言う。
「さもありなん……『炉座明王<ろざみょうおう>』は、なにかを壊すためのものじゃあ、ないのよな……」
ドラゴンの骨に向き合ったまま、諭すように言葉を口にした。
→【限度】
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