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和梨を和栗と思い込んでいた時間

 スーパーに行くと飲料の棚には必ず寄る。

 時期によって値段が下がったりするのだけど、その法則と理由はよくわかっていない。

 サイダーの種類がいつの間にか増えていて、りんごやぶどう、桃などフルーツの味が並んでいて、それも2本で150円という価格になっていたから、なんだかありがたくて、同時に一本よりも安くなるので2本買ってしまう。

 その中で、それまで見たことがないサイダーがあった。

和栗」だった。

 そういう味のサイダーは珍しく、まだ飲んだこともなかったから、自分だけではなくて、妻にも飲んでもらおうと思って、そのまま保管し、そのあとに冷蔵庫で冷やして、飲む準備をしていた。


和栗味の想像

 夏から秋にかけては、春にいちご味がどこでも見かけるのと同様に、の文字をスイーツなどではよく見かけるようになる。栗の甘みは独特だから、すごく好きかどうかと問われると微妙なのだけど、でも季節ものとして、特にこれまで食べたことがないような栗スイーツなどがあると、一応試してみたくなる。

 今の時代になると、それで、味の面で大きくはずれた、と思うことは少なくなり、どれもそれなりにおいしくなった。だけど、まずいものを口にしたいとは思わなくても、もっと違うものがあるのではと考えるのは、欲深いことでもあるし、それほど値段が高くはないスーパーの棚で、画期的なものを見つけようとするのは、あまりほめられたことではない自覚もある。

 だけど、サイダー和栗味を見つけたと思った時は、ちょっとうれしかった。

 例えば、昔のメロン味は、メロンのイメージだけで、本当のものとはかなり遠い味を、みんなで「これをメロン味にしよう」と暗黙の了解で楽しんでいたような記憶がある。だから、子どもが「これはメロンじゃない」などとメロンパンを食べて発言したときは、本当のことなので怒るわけにもいかないけれど、でも、メロン味を楽しむ、というルールには反しているので、無言の圧力がかかっていた印象がある。

 だが時代が進むとメロンパンでも急激な進化が起こり、メロン味から、本当のメロンに近づいたから、その再現度に少し驚き、こんなことが可能だったんだ、みたいな気持ちにはなったけれど、それは、食べているだけの側からは見えない、食品の専門家の努力と工夫があったには違いない。

 メロン味と同様に、栗のスイーツも進化してきたと思う。

 最初は、マロン味だった。それも西洋のマロングラッセ、といったスイーツから栗の味が浸透してきたのだけど、同時に、栗は値段的にはメロンに比べたら、それほど高価ではないはずなので、栗の甘露煮などがスイーツなどに使われてきたようだ。

 ただ、最近になってよく見るようになったのが「和栗」という言葉だった。

 西洋と、日本という粗い認識だけではなく、世界には4種類の栗があるのも知らなかった。

 果樹として栽培されている栗には、大きく分けて、日本グリ(和栗)、西洋栗グリ、中国グリ、アメリカグリの四種類があります。

(『足立音衛門サイト』より)

 これまで、その違いをそれほど意識してなかったけれど、和栗には、和栗の特徴があるようだ。

 日本原産。野生のシバグリ(柴栗、芝栗)を品種改良したもので、果実が大きく風味が良いのが特徴。一方、甘みはやや少なく、渋皮が剥がれにくく果肉は割れやすい。果肉の色は黄色。

(『足立音衛門サイト』より)

 風味が良くて、甘味が少ない。

 和栗の特徴自体を恥ずかしながら知らなかったが、そう思うと、近年、食べることが多くなった「和栗」を打ち出したスイーツが、甘味が少し控えられた印象があったのも納得できるし、そうした特徴を生かしていたことにも改めて気がつく。

 そうであれば、初めて飲むことになる「和栗」サイダーは、甘みが少し抑えられて、風味の良さを強調した味になるはずだ。

 それは、飲料ではやや想像しにくく、だから、ちょっと楽しみだった。

 冷蔵庫を開け、その「和栗サイダー」のペットボトルを見て、時々、そんな気持ちになっていた時間は、1週間くらいは続いたと思う。

和梨サイダーだとわかる

 ある暑い日。

 いつまでも大事そうに冷蔵庫に「和栗サイダー」を入れておいたことに妻が気がついたらしく、そして、一緒に飲みたいことを伝えていたので、じゃあ、おやつのときに半分ずつ飲もう、ということになり、ガラスのコップ二つと、サイダーをお盆に乗せて、持ってきてくれた。

 これが、和栗だから、みたいなことを言ったら、妻はすぐに答えた。

 え、これ梨だよ。和梨。

 ちょっと動揺する。目の前にあったペットボトルを確かめる。

 和梨と大きく書いてあった。

 これまでの1週間は、なんだったのだろう
 自分が和栗と思い違っただけなのだろうけど、こんなに見事に間違えるなんて、と思った。和梨という表現も初めて見たから、本当に思い込んでいただけだった。

 ちょっと自分にあきれる。

 でも、この1週間のちょっと楽しみだった気持ちは、そのまま宙づりのような感じになってしまったのだけど、それでも、ちょっと楽しかった。最初から和梨だとわかっていれば、もしかしたら買わなかったかもしれないし、買ったとしても、その楽しみな気持ちは違っていたとは思う。

 自分の思い込みと勘違いに過ぎないのだけど、勝手に通常とは違った気持ちになり、少しウキウキしていた。

 考えたら、その間の時間の気持ちは、ちょっと不思議だった。

和梨サイダーの味

 妻は、ガラスのコップに入れて飲んだことについて、最初に話してくれた。

こうやって、飲むと、美味しいね。

 コップに入っていると、飲まれ方が違うというか---まったり、入っていく感じがする」。

 味については、こんな感想だった。

「梨のちょうどいい甘さがあって----そのあと、炭酸のちょっとピリピリした刺激がくる。

 ---おいしい」。

 私にとっては、梨はわかるのだけど、和梨にした意味は、少しわからなかった。

 だけど、サイダーらしいさわやかさはあった。

 何か、なつかしい感じがしたので、記憶をたどったら、たぶん、昔飲んだことのある、他社の飲料だけど、ファンタ ゴールデンアップル の味を思い出した。

 実際に飲み比べると違うのかもしれないけれど、自分にとっては、そんな味だった。

 和梨サイダーも初めてだったけれど、その前に和栗と思い込んでいた時間が長かったので、実際は最初から梨だとわかっても、最初は、飲んで、ちょっととまどうような気持ちまであった。

 本当に和栗のサイダーが出たら、必ず飲むと思う。



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