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第42回 『母影』 尾崎世界観著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、新米妊婦さん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 わたしのお腹の中にはいま赤ちゃんがいます。
 初めてのことなので、不安もあるけれど、この子が産まれてくる日を楽しみに日々を過ごしています。

『母影』という本を読みました。

 出産本や育児本をひととおり読み漁ってしまった感があって、気分転換に小説でも読むかなぁと思い、文芸コーナーに立ち寄ったら、目にとまったんです。やっぱり、「母」というワードに惹かれたんだと思います。

 さっそく読んでみると、

となりのベッドで、またお母さんが知らないおじさんをマッサージして直してる。(作品より引用)

の一文から始まるこの作品。ひらがな多めの語り手は、どうやら小学校低学年の女の子。お母さんの働いているマッサージ店で学校以外の時間を過ごしているようで、お母さんの施術するベッドの近くで一枚のカーテン越しにお母さんのことを観察しています。
 お母さんが、お母さんは、お母さんの──とにかく「お母さん」というワードがたくさん出てくる文章を読みながら、きっとこの女の子はお母さんのことがとっても好きなんだろうな。そんなことをどこかくすぐったい気持ちで読んでいくうち、いつの間にかわたしはページをめくる手を最後まで止めることができなくなっていました──

 女の子がお母さんの秘密をカーテン越しに読み、書こうとする物語『母影』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 この作品が決して幸福なお話じゃないだろうことはすぐにわかりました。経済的に困窮した母子家庭に暮らす、孤独で居場所のない女の子が、同級生から「変タイマッサージ」とからかわれるマッサージ店で、母親がお客さんにどうやら手で「変」なことをしていることにカーテン越しに勘づきながらも、母親を求め、家族を求めようとするのです。
 カーテン越しだから、見えない。でも、なんとなくわかってしまう。はっきりとわかってしまったら、怖いような、いけないような、お母さんとの関係がこわれてしまうのではないかという不安を抱きながらも、彼女はお母さんのありのままを作文に記そうとする、そして公の場でそれを読み上げようとする、その姿がいたいけで、じんとしました。
 忘れられないのは、腹痛をおこした女の子のお腹の上にお母さんがやさしく手をのせるところ。その手がお客さんに変なことをする手であることを知っているのに、やっぱり女の子は母親のその手をずっと心の底から求めてたんですよね。
 そして、カーテン越しに女の子がお母さんと抱き合うシーンも忘れられません。切なくなりました。大人って、他人に対して、自分を見せまいとする色んなカーテンを持ってますよね。ひょっとしたら、子供に対しても同じなのかもしれません。カーテンを持たざるを得ない、そんな切実な状況は誰にでも起こりうることなのだと思います。

 ところで、この女の子は、母親の胎内にいた時の記憶をもってるんです。記憶っていうより、感覚なのかな。彼女はその頃の母親を「お母さん」ではなく「ママ」って呼んでるんですけど、ママはただの丸い玉。さわるだけで安心できて、彼女のことを守ってくれる、そんな丸い玉の存在をわたしも幼いうちは憶えていたのかもしれません。大人になるときっとみんな忘れてしまうものなのでしょうね。
 いまわたしのお腹の中にいる、まだ男の子かも女の子かもわからない赤ちゃんが、わたしのことを「ママ」って呼んでくれているのかもしれないと思ったら……産む前から愛おしくてたまりません。いままで赤ちゃんを産んでお母さんになったら……って考えていたけれど、わたしはもうすでにお母さんなんですよね。
 母影。いい本に出会えました。

 新米妊婦さん、どうもありがとうございます!
 幼い女の子による語りは、とっても新鮮な感覚ですよね。子どもってこういう風に世界を見てるんだなって何度もはっとさせられました。子どもには見えないものがあっても、同時に、子どもにしか見えないものもたくさんあるんですよね。
『母影』というのも、これしかないという絶妙なタイトルだと思いました。この辺りは、リスナーの方々にも是非作品を読んでいただき、感想を聞いてみたいところです。
 新米妊婦さん、元気な赤ちゃんを産んでくださいね!

 それではまた来週。 

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