第39回 『影に対して』 遠藤周作著
こんばんは、JUNBUN太郎です!
今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
ラジオネーム、新妻A子さん。
JUNBUN太郎さん、こんばんは。
突然ですが、私のダンナ、めっちゃマザコンなんです。
何を決めるにも、母親におうかがいを立ててるし、いま住んでるマンションだって彼の実家から徒歩圏内。毎日のように義母は手製の料理をもってやってきます。私、お義母さまと結婚したのじゃないかしらと思うほど笑
彼、やさしい人ではあるんですけどね。
でもときどきムカついて、
「わたしとお義母さん、どっちが好きなの?」
って、ついダンナに問い詰めちゃうんです。
するとダンナは曖昧にニコニコしてみせるだけ。
なんかよけいに腹立たしいーっ。
このまえ、本屋で、
『影に対して』
というタイトルの書籍に目がとまりました。
表紙には「母をめぐる物語」と書き添えてあって、
帯には「母を棄てることなど、誰もできはしない。」って記してあります。「傑作」とも書いてあるし、ここはいっちょ母子研究してみるかって思い立ち、読んでみることにしました。
すると──
小説家になる夢を諦め、妻子を養うために外国小説の翻訳で生計を立てる男が、生前の母を知る人々を訪ね、自らの生き方を振り返る物語『影に対して』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!
幼少の頃に両親が離婚。芸術家としての「人生」を追求しようとする母を離れ、堅実な「生活」を送ろうとする父のもとでその後生きてきた主人公の彼は、大人になって妻子を養う身になってもなお、母を裏切り見棄てたことの悔恨を抱えている。孤独に死んでいった母の死に顔が忘れられずにいる──。
なんて重たいものを彼は背負ってしまっているんだろう。
母を棄てた父を恨みながらも、それに加担したも同然の自分自身をずっと許せずにいるだなんて……。
彼の妻は、ぜんぜん悪い人じゃなくって、むしろきっといい人なんですよ、でも、時々そんな夫の心情を察してやれずに、彼の母親の写真の抜かれた家族のアルバムを公然と話題にのせちゃったり、夫のことを臆病で意志の弱い性格だと言っちゃったり、彼の甲斐性のなさを父親と引き比べちゃったりしてしまう。私も知らずのうちにダンナの傷口をぐりぐり攻めちゃってるとき、あったりするんだろうなーなんて思いました。
それにしても、ダンナがこの小説を読んだら、ショッキングすぎて、きっと立ち直れないだろうなー。ダンナには、母と死別するだなんて、考えるだけで恐怖だと思います。そう考えたら、ダンナはいまなんて幸せなんだろう──。
「あたしのこと、好き?」
「うん、好きだよ」
ダンナは、やさしい顔で答えます。
いつもはそれに続けて、「お義母さんと、どっちが好き?」って質問しちゃうところなのですが、私はやめました。張り合ったって、疲れるだけ。誰も幸福にならない。
そのように割り切ってみたら、不思議、毎日の暮らしがとっても楽チン。毎日のように自宅に押しかけてくる義母が、家事を助けてくれる頼もしい家政婦さんにみえます笑
ちょっと調べたら、この作品は、作者の原体験に基づいたものだそう。母親に対する強い想いが、この作家を文学に向かわせたのだとしたら──。遠藤周作という、名前ぐらいしか知らなかった作家に興味がふつふつと湧いてきて、別の作品もまた読んでみようと思います!
新妻A子さん、どうもありがとうございます!
ぼくも読みましたよー。物語としての面白さはもちろん、自分の足跡が一つ一つ残るような「人生」を歩んで欲しいと願う母に応えたいという想いが作家遠藤周作の文学を終始貫いていたと知れる、興味深い作品でした。
実は、この作品は、長らく人の目に触れずに眠っていた原稿が、作家の死後20年以上経った今年になって発見され、発表された小説なんですよね。
作家が、原稿を完成させながらも生前発表しなかった理由については、今後の研究に期待したいところです。また、そのような作品を発表したことの是非も問われそうなところですが、それをきっかけに遠藤作品に興味をもった今回の新妻A子さんのような読者がいるというのは、一文学ファンとしてぼくはとってもうれしいです。
新妻A子さん、読んだらまたお便りくださいね!
それではまた来週をお楽しみにー。