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源氏物語 葵の上と光源氏が結ばれた日

源氏物語を原文で読んでみようシリーズ、今回は葵の巻です。

葵の上は光源氏の正妻であり、左大臣の娘という高貴な身分の女性です。
2人が結婚したのは光源氏12歳、葵の上16歳のときでした。親が決めた政略結婚です。
長年打ち解けられなかった夫婦の関係が大きく変わるのが葵の巻です。

葵の上は難産の末に男子(夕霧)を出産するが、秋の司召つかさめしで邸内に人少なの折、急の発作に襲われて帰らぬ人となった。ようやくお互いの心がとけかかってきていた矢先の葵の上の死に、源氏は愛情薄かった過去を悔い、悲しみに沈む左大臣邸で四十九日間しめやかな喪に服した。

葵の巻 梗概


葵の巻と言えば、六条御息所との車争いや、物の怪に取り憑かれる場面が有名だと思うのですが、
私が好きなのは光源氏と葵の上が初めて心を通わす場面です。

出産後の葵の上の様子

いとをかしげなる人の、いたう弱りそこはなれて、あるかなきかの気色けしきにて臥したまへるさま、いと【ろうたげ】に心苦しげなり。
御髪みぐしの乱れたる筋もなくはらはらとかかれる枕のほどありがたきまで見ゆれば、年ごろ何ごとを飽かぬことありて思ひつらむと、あやしきまでうちまもられたまふ。


まことに美しくていらっしゃるこの女君が、ひどく弱りやつれて、人心地もないご様子で臥していらっしゃるさまは、いかにもいじらしく、また痛ましくも感じられる。
御髪が一筋の乱れもなく、はらはらと枕もとにかかっている風情は、世に類のない美しさとまで見えるので、この年ごろ、このお方のどこに不足があると思っていたのだろうと、我ながらどうしたことか、じっと見守られずにはいらっしゃれない。

小学館 新編日本古典文学全集 源氏物語 葵


仕事のため出かける光源氏を見送る葵の上

いときよげにうち装束そうぞきて出てたまふを、常よりは目とどめて見出して臥したまへり。


(源氏が)まことに美々しく装束を着けてお出ましになるのを、女君は、いつもとはちがって、じっとお目を注いで見送りながら臥していらっしゃる。

小学館 新編日本古典文学全集 源氏物語 葵

弱っている様子の葵の上にいつもとは違う可憐さを感じその美しさを見直す光源氏と、
出かけていく光源氏を名残惜しそうに見送る葵の上。
お互いへの愛情がはじめて感じられる場面です。

ところで、ここでは葵の上の美しさを表す形容詞に【ろうたし】が使われていますが、葵の上に対しては珍しい表現です。
これまで、葵の上と言えば【うるはし】で形容されていました。

帚木の巻で、「雨夜の品定め」の翌日に光源氏は葵の上のもとへ向かいます。

あまり【うるはしき】御ありさまの、とけがたく恥づかしげに思ひしづまりたまへるを、


あまりきちんとしすぎているご様子がうちとけにくく、君のほうで気づまりになられるくらいにとりすましていらっしゃる、

小学館 新編日本古典文学全集 源氏物語 帚木

たしかに美しいのだけど、近寄りがたい雰囲気も感じる描写です。

どちらも美しさを表す形容詞ですが、ニュアンスが微妙に違っています。

【ろうたし】
かわいらしい。いとおしい。いじらしい。かれんだ。

【うるはし】
きちんとしている。整っていて美しい。きまじめで礼儀正しい。

weblio 古語辞典

年上ということもあり、長年親しみがたさを感じていたけど、出産後にはじめて弱みを見せてくれたことでいとおしさに変わったのかなと思います。
実際、葵の上に対して薬を飲ませてあげる光源氏の様子に女房が感心する場面もあります。

このような心情の変化を、相手に対する形容詞で表現しているのがおもしろいですね。
私だったら何を見てもかわいいで済ませてしまうところですが、紫式部の表現力の高さを感じました。

そして、葵の上ですが源氏と心を通わせたのもつかの間、あっけなく亡くなってしまいます。

最後の短い間だったけど、光源氏と本当の夫婦になれてよかったです。
おそらく葵の上も光源氏のことがずっと好きだったけど、どう接したらいいかわからなかったのだろうと思います。
大臣の娘という高貴なお姫様なので、きちんとしているのはお育ちがよい証拠でもあるはず。
光源氏が精神的にもう少し大人で器の大きい人だったら2人の関係性は違っていただろうなと思うのです。
そのあたりの葛藤や不器用さにとっても人間らしい魅力を感じました。
葵の上は、今回読み返してみて好きになった登場人物です。



また次の記事でお会いできますように♪


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