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沈思黙読会:斎藤真理子さん「8月、原民喜を読む。最初に読んだときはたぶんスーッと通り過ぎた。何度か読むうちになんとなく記憶に定着してきた。読むたびに薄皮一枚ずつ重なっていく。はじめて読んでから40年、今、一番好きになっている」
第10回 沈思黙読会での斎藤さんが語ったこと。その2 前回、いつも参加してくださっているTさんが原民喜の詩集を持っていらしていて、そこからの連想もあって、今日は「原民喜戦後全小説」という講談社文芸文庫から上下巻で出ている本の下巻を持ってきました。 原民喜って、身体の動作がぎこちなくて、歩いても走っても人から見るとおかしかったらしいんですよね。すごく無口だし、人に何かしてもらってもお礼とか言えないような人で、非常に誤解されやすかったと、梯久美子さんの「原民喜 死と愛と孤独の
沈思黙読会:斎藤真理子さん「本だけを読む時間」を持つことが、今ではよくあることではない。読書というのは、実は「本と本の間」が大事なのかなと思う。
第10回 沈思黙読会で斎藤さんが語ったこと。その1 今日も暑い中、集まっていただきありがとうございました。お盆休みの方もいらっしゃるのかなと思いますが、これまでで一番人数が多いかもしれないですね。 このところ、日本では大きな地震があったり、大雨が降ったりと災害が続いていますが、南海トラフの報道があってしばらくして、韓国の知人から「地震がいよいよ本当に危ないなと思ったら、いつでも韓国に避難してらっしゃい」というメールをもらったんです。そこにには加えて一言、「いつ戦争が起きる
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沈思黙読会:斎藤真理子さん「子供が本を読みはじめるときのプロセスは人によってかなり違うのではないか。そしてそのことは大人になった人の読書をどう規定しているのか。ということ」
第9回 沈思黙読会での斎藤さんが語ったこと。 前回の沈思黙読会からの一か月で、あらためて「本を読む」こと以前に、「文字を読む」ということが、人類にとっては相当特殊なことなんだなと、考える機会がありました。 今、『世界』という雑誌で、韓国の翻訳家のチョン・スユンさんと、毎回お互いに何か質問を一つ投げかけて、それについて答えるという往復書簡のようなエッセイを連載しているんですが、前回、チョンさんから「子どものときに読んだ本について教えてほしい」という質問があったんですね。特