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沈思黙読会⑩ 読んだ本のご紹介 その2

2024年8月17日(土曜日)、神保町expressionで行われた沈思黙読会、第10回目に参加された皆さんが持参されたのは、こんな本でした。

Gさんの「南へ行っていた人の1冊」


「言葉の木蔭 詩から、詩へ」宇佐見英治:著/堀江敏幸:編(港の人)

夏になると原民喜の詩や小説を写経のように書き写す、という習慣を去年やめたんですけど、そうするとやっぱりなにか落ち着かなくて。どうしようどうしようと思って「シベリヤ物語」を読んでみたり、西新宿の方にある平和祈念展示資料館に初めて行ってみたりしていたんですが、ふと、今度は逆にマレーシアとかシンガポールとか南へ行ってた人のものを読もう、と思い立って家に積読していたこの本を持ってきました。これはいちいち自分にヒットする言葉が多くて、家で読んでいるとその度に立ち止まってしまってなかなか進まなかったんですが、ここでならいちいち打たれながらも、ずっと読み続けられるかなと。

今日は1日、これを読んで、打たれた記憶として付箋を貼って行きました。戦争中の軍隊生活を読んだ戦中短歌というのが最初の方に載っているんですが、あとは戦後の文章がほとんどで、なんというか、最近の作家には感じない、古き良き日本の上品さ、といった印象を持ちました。ジャコメッティと会いました、とか、サン=テグジュペリと話しました、というような時代の、上品で頭が良い人。日本の中でもすごくヨーロッパに近い、いわば一軍の頭のいい男の人たち。彼は戦時中マレーシアで大変な思いをしているのに、戦後はしれっとパリへ行って、ヨーロッパの風をまとって上品に生きている。その感じが何だかなーと少しモヤモヤもするんですが、それでもやっぱり彼は死者に対する気持ちがすごく強くて、そこら辺でトントンなのかな、などと思いながら読みました。

Hさんの「アンソロジーの面白さを再確認した3冊」

「教科書で読む名作 夏の花ほか 戦争文学」原民喜ほか:著(筑摩書房)
「藤原道長「御堂関白記」を読む」倉本一宏:著(講談社学術文庫)
「二十四の瞳」壷井栄:著(角川文庫)

多分7回目の参加です。確かXで斎藤さんが、夏になるといつも原民喜を読むというお話と、「二十四の瞳」のことを書かれていたので、今日は真似しようと思って持ってきました。外が暑いので重い本はいやだなと思い、文庫を3冊。原民喜の「夏の花」も入っている「教科書で読む名作」の戦争文学編は、いろんな教科書に掲載された戦争文学のアンソロジーです。

私は毎年、年度初めに国語の教科書を全部読んじゃう癖があるくらい、国語の教科書が好きだったので、それも思い出しながら選んだのと、「藤原道長「御堂関白記」を読む」を持ってきました。長年、朝ドラと大河を見ることは生活習慣の中に組み込まれているので、好き嫌いとかではなく、とにかく見るんですが、今年の「光る君へ」はなかなか興味深く、面白く見ています。いろんな資料が作劇にうまく盛り込まれた脚本で、道長が書いた「御堂関白記」からもいろいろなネタが盛り込まれてきそうなんですよね。それで読みたいなと思って持ってきて、ちょっとだけ読み始めました。

戦争文学アンソロジーの方は、冒頭に「夏の花」があって、その後に武田泰淳の「審判」、山川片夫の「夏の葬列」と続いていき、最後が村上春樹が訳したティム・オブライエンの「待ち伏せ」で終わります。今日はこれを読んで、しっかりと大きな柱のあるテーマで組まれたアンソロジーの良さっていうのを痛感しました。この場でもよく話題に出る、本が繋がっていくような感覚が、この1冊で味わえました。


Iさんの「作者の頭の中を覗き見た2冊」

「猛獣ども」井上荒野:著(春陽堂書店)「残穢」小野不由美:著(新潮文庫)

今回、2回目の参加です。先月はハン・ガンさんを読み、今回は井上荒野さんの「猛獣ども」を読みました。これは装丁もタイトルもとにかくかっこよくて。2週間くらい前に届いたんですけど、今日まで取っておいて、ここで読み始めました。物語は別荘地であるカップルが熊に襲われて殺されちゃうところから始まって、その別荘地に住んでいる何組かの夫婦のお話しでした。タイトルの「猛獣ども」の意味はなんなのかな、と思いながら読んでいました。井上荒野さんは、欲望渦巻く人々の心情描写が上手い人ですが、今作は登場人物が多い分、ちょっとあっさりな感じもしました。ただ、ある夫婦が他のカップルのことを覗き見する場面があるんですけど、その部分を読んでいる時に、自分もこの人たちを覗き見しているような気分になってきて。

さらに小説って映画やドラマと違って作家が一人で作り上げるものなので、自分が作者の頭の中をのぞいているような気もしてきたんですよね。しかも小説は自分から進んで読まないと進んでいかないものなので、本を読むって覗き見する行為なのかな、というちょっと不思議な気分で読んでいました。午前中のペースでは、これは最後まで読み終わるかなと思ってたんですが、途中でちょっとだけ「残穢」に寄り道してしまい、結果「猛獣たち」は最後の5ページ、読み残してしまいました。筋を追うだけなら斜め読みでもいいかなと思うんですけど、読み飛ばして大切なところを見落としてしまうのは嫌なので、5ページ残しました。それでも、今日もいい読書体験だったなと思います。楽しかったです。

Jさんの「ここでじっくり読むための1冊と息抜き本2冊」

「別れを告げない」ハン・ガン:著/斎藤真理子:訳(白水社)
「昨日のパスタ」小川糸:著(幻冬舎文庫)
「心が雨漏りする日には」中島らも:著(青春出版社)

今回初めて参加しました。この読書会をやりますという情報をネットで見たときから、絶対行きたいと思ってたんですけど、なかなか勇気が出なかったのと、仕事が土日に入ることが多くて参加できなかったんですが、今回はお盆休みだったので思いきって来てみました。

今日は3冊持ってきて、1冊目が「別れを告げない」。ハン・ガンさんがすごく好きで、この本も出てすぐに買ってはいたんですが、なかなか開けずにいたんです。それを数週間前くらいに10ページくらい家で読んで、やっぱり面白いなと思い、今日ここでじっくり読もうと思って持ってきました。ハン・ガンさんは学生時代に「菜食主義者」を読んだのが最初で、読み終わって「なんでこの人は傷とか痛いこととか苦しいこととか、そういったことをここまで深く書けるのかな」という衝撃を受けて、それからずっと好きな作家さんです。私にとって、韓国文学に出会って、ハン・ガンさんという好きな作家ができたことは、この数年間の読書体験の中でもすごく大きな贈り物だと思っているんです。傷や痛みをここまで緻密に、本当に感じているかのように言語化できる人と出会えたことが、すごくよかったと思っています。

残りの2冊は、もしも疲れたら読もうと思って持ってきたのが小川糸さんの「昨日のパスタ」と、中島らもさんの「心が雨漏りする日には」というエッセイ2冊です。2冊とも読んだことがあるものなので、疲れちゃった時に安心して読めるだろうなと思って。結果的に、今日は最後まで「別れを告げない」1冊だけを読みました。これまで私は、1日の中で何時間も時間を割いて読書をしたことがなかったので、絶対に途中で集中力が切れちゃうだろうなと思っていたんですが、今日は最後まで集中力を切らさずに読むことができたのが、自分にとっても発見でした。

普段の自分は長時間続けて読んだり、毎日コツコツ読み進めたりという読書をしていないので、短期間でお話が一気に進むという経験も初めてで、それも新鮮でした。ただその一方で、もう一回、少しずつ読み直すだろうなとも思ったんです。日常生活の中で、この間読んだあのシーンのことを思い出して自分の中で咀嚼して、時間を置いてからまたちょっと読み進むっていうのが、自分は好きなのかもしれない。少し読んで、それが自分の中でこなれる時間をとって、また読むというように、小刻みに読み進むというか。自分には、読んだ文章をちょっと寝かしておく時間が必要なのかもしれないな、という気づきがありました。


Kさんの「水漏れした部屋から持ってきた3冊」

「別れを告げない」ハン・ガン:著/斎藤真理子:訳(白水社)
「失われた時を求めて④」プルースト:著/高遠弘美:訳(光文社)
「晩夏 上」アーダルベルト・シュティフター:著/藤村宏:訳(ちくま文庫)

先ほど、お昼をご一緒させていただいた方々にはちらっとお話したんですが、実は昨日、部屋が雨漏りしてしまいまして。それで本が濡れないようにバタバタと移動させたりしていたので、今日持ってきた本は必ずしも脈絡があるものではなくて、朝起きたときに好きなものを持ってこよう、と思って選んだ3冊です。

「別れを告げない」は、ちょうど残り数十ページくらいだったので、せっかくなら訳者ご本人がいる空間で読み終わるという貴重な体験をしてみようと思い持ってきて、ここで読み終えました。「晩夏」は数ページしか読めなかったんですけど、この黙読会では必ずしも読んだ本の内容は語らなくてもいい、と聞いていたのですごく気が楽でした。

今回は本についてとか、読むというのはどういうことなんだろう、という問いを念頭に置きながら読書してみたのですが、「別れを告げない」のなかで主人公が4年前に自分が書いた本について、そこには抜け落ちていたことがある、と語るシーンがとても印象に残りました。

先ほど斉藤さんがおっしゃっていたように、「記憶をどうとどめるか」と考えた時に、どれだけ頑張って資料を読んで書いても、必ずこぼれ落ちるものがある、ということ。だからこそ、本当に「記憶をとどめる」というのは、ものすごく大変な作業なんだろうなと思います。

自分が本を読んでいても、多分こぼれ落ちるものはあると思うんですね。それは文章としては書かれていないことで、そこで記憶をどうとどめるか、考えた時に、結局は本自体を語るしかないというか、「本を読むとは何か」という問いをしなければ、最終的に記憶に残らないというか、伝わっていかないのかな、と。そんなことを思いながら読んでいました。私は多田智満子さんという作家がすごく好きで、その人の言葉の一つに「最後に残るのは本」というものがあるんですが、それが記憶をとどめる方法なのかなと思いつつ、読書の時間を堪能させていただきました。


Lさんの「欲望に忠実に選んだ4冊」

「家族」村井理子:著(亜紀書房)
「犬ニモマケズ」村井理子:著(亜紀書房)
「砂漠の教室: イスラエル通信」藤本和子:著(河出文庫)
「台北プライベートアイ」紀蔚然:著/舩山むつみ:訳(文春文庫)

今回初めての参加です。昨日の夜からすごく楽しみで、本棚を見ながら何を持っていこうか考えていたんですが、結局、いろいろ考えずにただ「読みたい」という欲望に沿った本を持ってこようと思い、それでも選びきれなくて4冊持ってきました。

何を読むかは今日決めようと思って、まず読んだのは村井理子さんの「家族」です。今日1日で最初から最後まで読み通してました。他のエッセイを読んでいて、村井さんの実家が大変なご家族だということは知っていたんですが、この本では村井さんが自分の旦那さんと息子さんたち、自分自身の家族や生活を守るために、すがってくる家族をどう防御するか、とかどう切り捨てていくかというようかことが書かれていて、自分の家族と照らし合わせて考えながら読んでしまいました。家族って言葉が足りないし、結局何をやっても絶対に後悔する。そんなことをいろいろ考えながら読んでいて、今日1日、この家族と一緒に暮らしたという感じでした。

Mさんの「映画も本も好きな1冊」


「エル・スール_新装版」アデライダ・ガルシア=モラレス:著/ 野谷文昭:訳(インスクリプト)

遠方からの参加で、無理をいって最後の30分だけ参加させていただきました。最近は移動の時しか本が読めないような生活をしているので、今日はとても楽しみにしてきました。短い時間で読めるものをと思って、ビクトル・エリセ監督の映画版も好きで、原作も大好きなこの本を持ってきました。ビクトル・エリセ監督は作品がすごく少ないんですけど、昨年、31年ぶりの長編映画「瞳をとじて」が公開されたところです。「エル・スール」は83年公開作で、原作を読むのも久しぶりでしたが、とても集中して読めました。結局、全部は読めなかったんですけが、読書時間が取れて本当に感謝しています。


今回もまた多彩な本が集まった1日でした。そして会場に並べたのは「動物」にちなんだ本いろいろです。


神保町EXPRESSIONで行われる次回の沈思黙読会(第11回、9月21日)は満員となりました。最終回となる第12回は、10月19日(土)、詳細とお申し込みはこちらです。学割(U30)有。オンライン配信はありません。

※トップの画像は、宇佐見英治:著/堀江敏幸:編「言葉の木蔭 詩から、詩へ」(港の人) カバーより。


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