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2019-05-07〜|詩のまとめ

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2019年5月の記事一覧

美術館

穏やかな日差しの中で
虚ろに広がる建築物
彫刻と彫刻の隙間
緩やかな神の祈りにも似て
神に似せて作られた
円やかな彫刻物たち

哀しい緑の光
ガラス越しに揺れる緑
張り詰めた彫刻のうねり
時が止まっている

回遊する人たち
円形に連なって
虚ろな天井に反響していく
永遠の明るい混雑

雨の気配

疲れた身体を横たえるとき
暗闇で思い出す

濡れたコンクリート
水を含んだ空気
いつの間にか雨は止んでいて
ベランダから赤色灯が回転するのが見える

夕暮れに長く尾を引いて
空気を引き裂いていくもの
怯えた犬の悲鳴
遠ざかるサイレン

空気に滲む赤色灯は赤く
甘く水を含んだ空気は
梅雨の晴れ間には程遠く
優しく肌に絡みつく

ベタ

指先に触れて 温めるもの
撫でた手のひらの形に沿って 膨らんでいくもの
肌には空気の層だけが触れていて
ゆっくりと肺を満たしていく
部屋の中に流れていくもの
爪先を離れていく 慣れ親しんだもの

膝をついて 水を汲んだ桶の中で回転する
闘魚の鮮やかな薄い鰭が
ゆらゆら動くのを眺めていた

夏の風は遠くで
朧な記憶の中で微かに鳴っていた
あてのない感情のまま記憶だけが
揺蕩うように 揺れていた

Asian grotesque

古い霊園の近くの駅の
1番線下りホーム
蝶の羽根は地面に広げられたまま
永遠に動かない

一瞬だけ目を奪われて
鮮やかに消えていく

色褪せて乾いた羽根
いつかは腐って
黒く干からびた腸(はらわた)
崩れ落ちていく

うららかな春の日の午後
太陽は静かに
眩しいほど照りつける
蝶の羽根は鮮やかなまま
1番線下りホームの上で
永遠に釘付けにされている

暗渠

思考はばらばらに重なり
手足は泳いで
どこか別のところに行こうとする

暗い湖のほとりを歩いていた
前を歩くあの人の背中を追って
どこにいるかわからなかった
草むらは夜の色が濃くて
空には月だけあって 目が慣れて妙に明るくなった
薄暗い中を歩く
水の流れ
足の裏の感触
土の柔らかな感触を感じて
暗渠と木の根をすり抜けて歩いていく
ふたり

その日の終わりに

その日の終わりに
灰色に曇った空を見た
空気に浮かぶ塵と埃

傷ついた心は透明なまま
ひび割れながらすり減っていく
だんだん空が宇宙の色になる
彼女の身体を遠くに感じる

明け方ちかくに夢を見て
鼓膜を包む薄い骨に 彼女のそっと囁く声
聞こえた気がした

***

ピンではりつけにされた標本の蝶のように
いつまでも美しく色褪せない
魅力的なあなたのあどけない声
ずっと不思議だと思っていた

夜の波音

美しい 曲と曲のあいだから
その隙間から聴こえてくる
静かな夜の足音
足の爪と指の腹の間を撫でるように絡みつく
緩やかな水の流れ
段差から 飛び込んで
夜の波と
離れていく感情と
消せない涙の味
私の体 落ちてゆく
夜の隙間に 染み込んでゆく

エンドロール

愛とは何か
強くつかんでも つかみきれないような
神の愛は天上に
お前の愛は 地平線に

***

引っ掻いた傷跡
もう意味がなくて
排水溝に流れていった
シャワーの水で薄めた血

昨日見た映画 思い出してた
ぼんやりした映像
モノクローム
遠ざかるエンドロール

***

ベランダから見た車のヘッドライトが綺麗だった
ほかに何も光がなくて

夜の中で植物が静かに息をしていた
静かに這い寄る緑

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みちゆき(五月)

靴の赤い看板
光に遮られ
はっきり見えて また通り過ぎて
離れていく

アスファルトの白い線
後ろへ後ろへ遠ざかって
まだ消えないで延びていく
加速がついて回転して
身体はシートに沈み込む

カーブを切って曲がる時
身体は少し傾いて
腰の骨で支えてる
微妙なバランスを保っていく

橋の上に差し掛かると
眼下に少しだけ水の流れがある
まだらに広がる緑に
眩しく白が光っている

魂と身体

涙を伴う別れ
幼(いとけな)い命
まだ帰らない命

揺れ動く頼りない涙のうえに
歳月はとうに失われ

身体(しんたい)が失われていく間にも
私たちは父を 母を探している

暮らしのヒント

寝る前に気配をそっと感じ取っていた
二の腕のあたりで回る 光の輪
細かい黄金色の粒が 静かに重なって
内側に吸い込まれるように 密やかに回転する

翌朝ベランダのサボテンは 花の冠を頭に載せて
静かに咲いていた
穏やかな暮らしを守る 細かい光の粒をまとって
ベランダの手すりに日が射してた

いつもの本屋に
人びとの顔と 洗練された暮らしが並ぶ
嘘のない穏やかな暮らしに憧れて
紺色のエプロンをして 

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飴色の部屋

震える手で聴いていたアートスクール
向こう側が 透けてる
水盤に薄手のタオルを浮かべて 沈んでいくのを見ている
暑さの中で 体を彷徨わせたまま
形のない手のひらに 力なく抱きしめてる

飴色の部屋で
薄手のタオルケットを被って眠る
永遠に続く生ぬるい時間に目を閉じて
思い出している
「とても良かったよ やわらかくて」

それぞれの愛が
階段の上を影になって 流れていく
夢の中を下りていく
夢の中で

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五月

新緑の緑は眩しい
萌えしたたる薄い緑
華奢な掌の上で震えて
葉脈をかすかに走らせる
ほとばしるいのち
爽やかな五月の風
若葉のさやけさ

Raspberry

狭い玄関にある
履き慣れたサンダルの透明なストラップ
好きだったターコイズグリーン
瞼の裏で優しく光る

雨は舗道を濡らすほど
ベランダの鉢植えの緑を濡らす
ラズベリーに染まる雨は
天使が地上に降りる色

狭い部屋には残響はなく
若草色のカーテンは閉じられている
17世紀の教会音楽をそっと口ずさむとき
教会のステンドグラス 思い出してる

司祭は人々に愛を説いて 祈りを捧げる
失うことに疲れてしま

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