《ハヤカワポケミス初版完全収集》への道 その2
1.ポケミス収集への道~ポケミスを集めだすまで~2️⃣
大学に入ると「幻影城」(雑誌)と「横溝正史ブーム」(角川)の影響を受けて、仲間とミステリサークル(1975年)を作り(当時は京大、立命館アなどミステリーサークルが盛んだった)、一層、ミステリにのめり込みました。それでもまだ、ポケミスには手を出さず、文庫本を中心に読んでいました。
当時、毎週土曜日(その頃は、土曜日も授業があった)の午後にサークル活動(課題図書を決めて、意見交換)をやってました。そのあと大阪の繁華街の梅田に繰り出して、駅前ビルの「マズラ」というコーヒーの安い大箱の喫茶店に繰り出して、サークルの二次会をしてました(ミステリ話は、延々と続くのです そのあと、トランプをしたりしていたこともあった。よく、追い出されなかったなぁ)。
そして、その帰り私は、梅田地下街や阪急三番街の古本屋に寄るのが習慣となっていました(家庭教師のバイトをして、20000円《現在の4万円位》稼ぐようになったことも影響しています)。
でもまだ「ミステリを集めよう」とは思っていません。読むための本代を浮かすために古本屋通いをしてました。「古本でも、新刊でも読めれば同じだ」と、当時は考えていたからでした。
いよいよ、ポケミスの登場です。その古本屋巡りをしているとき、梅田地下街の尚古堂書店(?多分 今はない?)というところで、ポケミス1007番ディック・フランシスの『興奮』を買ったのです。ミステリ仲間の友人が大好きな作家だったので、当時本格趣味の私があえて、友達の意見に乗って(話を合わせるためだったかも)冒険し冒険小説(シャレではありません)を買ってみたのです(『興奮』は、当時はまだ新刊でも買えましたが…、今でも買えるかな?そう、そう。文庫本も出てかも。)
その『興奮』が、衰えかけた中年がまだ自分はやれることを証明する(そのように記憶してますが…)とても面白い冒険(競馬)ミステリでした。それを切っ掛けにポケミスの新刊にも注目するようになり、早く読みたいときは、古本ではなく梅田の紀伊國屋や旭屋書店(旭屋は、もうない。堂島のジュンジュ堂は、まだできてない)で新刊を買うようになりました。そのとき、一番最初に買ったのは、同じくディック・フランシスの1226番『暴走』でした。
その後も、まだしばらく「ポケミスを集める」などという考えはありませんでした。買える本はなるべく古本屋さんで安く買いながら、すぐ読みたい本は新刊で買う生活が続いていました。
そんな私に、収集熱に火つけたのが当時書店で無料で配られていた、ハヤカワ文庫 ハヤカワミステリの解説目録(創元のもありました)です。これをもらって帰って、持っている本を線で消しているうちの収集熱が沸き起こってきたのでした(やっと本題に近づいて来ました)。チェックリストを消していくのは、最高の気分です。「集める楽しさを知った」というところでしょうか?
でも、まだ「ポケミスを全部集めよう」などという大胆なことは、考えていませんでした。「本をたくさん買って、本棚に並べていると楽しいな」程度でした(当時、本棚はまだ4つ程度でした。今は、18以上あります…)。
続く…