#45 「食べて」はいるが「食事」をしてこなかった
(1086字・この記事を読む所要時間:約2分 ※1分あたり400字で計算)
ここ数週間、慢性的な身体の不調が続き、疲れやすくなってしまいめっきり自炊をしなくなった。
相変わらず会社のお昼用にお弁当は作っていたが、9割が冷凍食品を温めて詰め込んだだけのもの。
時折、新鮮な野菜も食べなくてはという心配から、きゅうりだのトマトだのを生のまま数切れスライスして入れたりしている。
それでさえも面倒くさいと思う日は、いっそのこと出前を取るのだった。
自炊を止めてからというもの、その分時間が空いた。
今日の献立はどうしようかと頭を捻ることもなく、心もそれなりに楽になった。
ダラダラと滝汗をかきながら夏場の暑い台所に立つ必要もない。
更に、中国の出前はバリエーションが実に豊富だ。
近場のレストランは和洋中が勢ぞろい。どれも注文すれば30分以内で届けてくれる。
冷凍食品も、寝転がりながらネットスーパーでポチれば速攻来てくれる。
コストさえ気にしなければ、冷凍食品・出前のみで365日毎日違うメニューを楽しめる程だ。
(なんだ、割と自炊の必要なくないか)
そう思った矢先、先日、不思議なことが起こった。
夕食にしようと、冷凍食品のチャーハンをレンチンして食卓に着いたのだが、一向に食欲がわかない。
お腹はぐぅぐぅ鳴っている。
確実に空腹であるのにも関わらず、何も口に入れる気がしなかった。
「おかしいな、これは大好物だったはず」とチャーハンを頬張るも、なんだかパサパサしていて味を感じない。
美味しくない。
次の日も、またその次の日も、食欲はわかなかった。
お腹が減って仕方がないのにも関わらず、だ。
そんな中、かつて自分がこんなエッセイを書いていたことを思い出す:
過去の自分に諭された。
私はここ数週間、「食べて」はいるが「食事」をしてこなかったのだと。
「愛情」が無いものを食べ続けたから、心から「美味しい」がなくなってしまったのだと。
身体の不調が少し和らいでから自炊をしようと思っていた。
だが、逆に体調を回復する為だからこそ、簡単なやつでも良いから自炊を続けるべきだったのだ。
目玉焼きを焼いて、醤油を垂らすだけでもいい。
青野菜をざく切りして、フライパンでざっと炒めるだけでもいい。
生肉に塩コショウをもみ込み、焼きあがるまでオーブンに放り込むだけでもいい。
自分自身が自分自身に、「元気になぁれ」と優しい気持ちを込めて作った料理を、私の身体は欲していたのだ。
また「美味しい」と感じられる為に、今日からボチボチ自炊を再開しようかな。
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