架空旅行記A#5
地下鉄の階段を下りながら
私は悩んでいた。
Tマネーカードを買い使うべきか
はたまた一回一回切符を買って乗るべきか。
TマネーカードはいわばSuicaのようなものだ。
その都度切符を買うのはまあ面倒だ。
しかし階段を下ってしまっている今
カードを買うにはまた地上へと
戻らねばならない。
Tマネーカードはコンビニなどで売っているのだ。駅構内でも買えるらしいが、
何故だか駅のTマネー自販機は販売を中止していることが多い。
うーむ、悩ましい。
だが、ここはやはりTマネーカードだろう。
電車には何度も乗るつもりだし、
やはりあると便利だ。
これは忘れたら現地で買おう項目の
記念すべき第一弾だ。
慌てていたのだな。
そう思い一度下り切った階段を
また登り始める。
はぁ、はぁ。
運動不足が地味に出ている。
やはり運動は必要なんだな。
これも運動だと思って
がんばろう…それっ。
最後の方は一段飛ばしで
駆け上がり地上へと戻った。
上がった息のままコンビニを探し
歩き出すとセブンイレブンがあった。
店内へと入り売り場を探すと
レジ付近にそれはあった。
だがあまり売れていないのか
どこか古めかしくホコリを被っている
ものが多かった。
その中から
少し安売りされていた
古いアイドルの写真が全面にあるカード
を買うことにした。
まあ機能に差はないだろうし、
興味こそないが
なんだか面白いではないか。
これは…、
ASTROのチャ・ウヌの若い頃のものだ。
カードからも爽やかさが溢れ出ていて
目が眩む程のまぶしさがある。
再び階段を下り切符売り場を目指す。
券売機でチャージするのだ。
真新しいカードを置き
日本語を選択して
とりあえず10000ウォンをチャージする。
韓国の交通網は割と安い印象があるので
これでとりあえずは大丈夫だろう。
改札にピッとカードをかざすと
画面にも日本語でメッセージが出る。
本当によく出来ているな。
感心しながら2号線のホームを目指す。
ホームには日本のキオスクのような
立ち位置で個人商店が出てたりするので
買いこそはしないが意外と面白い。
ぱっと見同じような地下鉄でも
やはりどこかが違っていて
とても興味深い。
電車の到着音もなんだか
ファンファーレのような
ラッパの多重奏で何故か勢いを感じる。
小さなことでも文化の違いは著しい。
電車がホームに勢いよく滑り込み
ホームドアが開き、車内へと乗り込む。
私はまず聖水へ行くことにした。
2号線1本で行けるのでとても楽だ。
ドア横の手すりを背もたれにし
車内をぐるりと見回すと、何だか電車自体が
日本のものよりも一回り大きい気がした。
実際少し大きそうだ。
いやはやどこにでもその差異というのは
見つかるものだな、などとぼーっと考えていたら
目的の聖水駅へ到着した。
聖水と書いてソンス。
この街は最近注目のスポットらしい。
調べたらそう出てきたが
実情はよく知らない。
私は行きたい店が一つあるだけなのだ。
以前の旅でも行った店だが
"HOUSE BY"というのが
目的の店だ。
ここは最近私が特に気に入ってるブランド
"Matin Kim"のものがたくさんある。
最大の目的は買い物。
さあ、大いに買おうではないか!
階段を下り大通りから路地へと入る。
小さな商店街のようなとこを抜け
さらに路地へ。
何だか地元の小さな工業地帯のような
空気感ではあるが、
この先にあるはずなのだ。
途中キョロキョロしながら歩いていると
古いアパートをリノベーションしたような
瀟洒な建物がいくつか見受けられた。
その建物の外の壁に
いくつもの大きな写真が展示されていて
外から中に入るまでの間に
そのイメージや色を構築させた状態から
買い物がはじまるといったような
仕組みなのだろうと想像した。
実に素晴らしいな。
頭のいい人もいたもんだ。
何故だか新たな可能性に胸を熱くさせながら
角を曲がると今度こそ住宅地と小さな町工場が
入り混じったような路地に出てしまった。
町工場のおじさん達が外で煙草を吸ったり
立ち話をしたりしていて少し不安になってくる。
あれ?ここで合ってたっけな…?
携帯でもう一度地図を確認しよう
とポケットに手を突っ込んだ時
左手にスプレーで描かれたような
大きなハートのある建物が出てきた。
…ああ。良かった。
私は無事にHOUSE BYに到着した。
ポケットに入れた左手は
すでに携帯を触っていたので、
なんとなく取り出し
特に理由はないが建物の写真を
1枚撮ることにした。
カシャッ。
3階〜4階建てくらいの大きさの建物の
壁面に赤や黄色や黒のスプレーで
ハートなどが描かれていて
石畳風のエントランスの先、
入り口の右手には
こじんまりとしたカフェのようなものがある。
目の前に広がる光景よりも
何故だか写真を拡大して見ている自分に気づき
ゴホンと咳払いをし
何食わぬ顔で携帯をポケットにしまった。
記録よりも記憶だろう、そこは…。
なんだか少し照れ臭くなり
少しだけ帰りたいな、
と思ってしまった自分がいた。
幽
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