架空旅行記A#10
レコーディングの片付けを手伝いながら
私はある事に思い当たっていた。
今朝見た悪夢の
あの私の前に出ていたバンド、
あれはこの彼らじゃなかろうか?
なんだかそんな気がしている。
いや、きっとそうだろう。
演奏は入ってこなかったものの
どこかで見たような気はしていたのだ。
デジャヴだな…。
完全に予知夢だ。
やはり今日、私はこの弘大の街に
呼ばれていたのだろう。
そうに違いない。
自分の片付けを終えたので
私は一足先に外に出て煙草を吸っていた。
辺りはもうすっかり暗くなっていて
看板やネオンが煌々と光り
なんだかとても綺麗だ。
遠くの方でサイレンが鳴っていて
交通量も人もとても多く感じる。
友人がバンドを引き連れ
階段を上がってきた。
「ありがとうございました!」
と深々とお辞儀をしてバンドは何処かへ行った。
あれ?もう良かったの?と聞くと
「私は彼らのマネージャーではありません。ヒョンのマネージャーなのです!さあ!行きましょう!何が食べたいですか?」
とのことだった。
あははは、と笑い合い、
とりあえず夜の街を歩き始める。
路地へと入り右へ左へと進んでゆく。
飲みに来たであろう人たちや
まだ買い物途中の若者たちを避けるように歩く。
洋服屋も飲食店も
クラブもライブハウスも営業を始めている
この時間の街は本当に賑やかだ。
どこを歩いても何かの音が鳴り響いている。
路地を抜け遊歩道へと出て、
我々は駅とは反対方向へと足を向ける。
歩きながら何となく食べたいものは
伝えたので、そこへ向かっているのだろう。
遊歩道を抜け、通りを曲がる。
この通りは何だか飲食店が連なっていて
いい雰囲気だ。
少し歩き、とある店の前で立ち止まった。
ここにしましょう!
と言って引き戸を開け中に入る。
薄暗い店内はほぼ満席で
焼肉の煙で充満していた。
うーん、とてもいい匂いだ!
壁際の席が空いていたので
そこへ腰をかける。
小さなドラム缶に蓋がついたような椅子に
銀色の円卓。その中央にはカセットコンロがある。
友人がTERRAの瓶ビールと
チャミスルを注文し、
すぐにグラスと共に運ばれてくる。
ビールグラスにチャミスルを少し入れ
その上からビールを注ぐ。
銀色の箸を1本突き刺し
もう一本の箸でカーンと叩く。
すると不思議な事に泡がジュワーっと出てきて
私はおおっ!と声に出してしまう。
いつもの事なのだが
毎度驚いてしまう。
これ、実は案外技術がいるのだ。
私はまだ上手く出来ない。
グラスを持ち乾杯。
ゴクゴクゴク…、ぷはぁ!
最高である。
このソメク、非常に飲みやすい。
飲みやすいが故、危険だ。
気をつけねば。
近況報告などをし合っていると
料理がやってきた。
四角い鉄板の上に
白いクッキングシートがかけられ
その上に盛りっとヤンニョムのついた
ホルモンがのせられている。
まわりには短く切られたトッポッキが
壁を作るように立ち並び
ホルモンの上にはニラがどっさりと盛られ、
その中央に銀の小さな器に入れられたタレも置いてある。一緒にあたためて漬けて食べるのだろう。鉄板の四隅にはコチュジャンやマヨネーズ、刻んだニンニクが配置され、好みでつけて食べるということなのだろう。
実に壮観だ。
簡単に言ってしまえばホルモン焼きなのだろうが
それとは一線を画す何かを感じる。
どこか洗練された印象だ。
私はマクチャンが食べたいと伝えていた。
マクチャンとは豚の直腸である。
が、これは私の想像を遥かに超えている。
実に素晴らしい。
カチッとコンロに火をつけ暫し待つ。
その間におかずや豆もやしのスープが運ばれてきて、これまた美味そうだ。
出来上がるまでの間
おかずをアテにどんどんお酒が進んでゆく。
酒がなくなるとその都度カーンと
作ってくれるので非常にありがたいし、
なんだかエンターテイメント性が高くておもしろい。
店員さんが様子を見に来て
コンロの火を弱めていった。
そろそろ食べごろだ。
ジュウウと良い音のする鉄板から
マクチャンをひとつ掴み口へと運ぶ。
うおお!美味い!美味すぎる!
そして臭みが全然ない!
これはよほど新鮮な証拠なのだろう。
脂っぽいがさっぱりと食べれる。
そしてこのヤンニョムがもう絶妙だ。
濃厚だが新鮮な脂と相まって口当たりが軽い。
噛めば噛むほど肉の良い味が出てきて
お酒が止まらなくなる。
鉄板のタレとは別皿に用意されたタレもある。
玉ねぎが浮かぶ薄い色のタレだ。
試しにつけて食べてみるとこれまた美味い。
すごくさっぱりしたタレで
つけることにより脂やヤンニョムが
少し落とされる。なんだこれは…。
味変天国ではないか…!
少し時間が経ち火が入りきったマクチャンというのもカリカリでこれまた絶品だ。時系列とともにその表情が変わるというのもまた素晴らしい。
3本目のビールとチャミスルが空く頃
鉄板の上もだいぶスッキリとしてきていた。
そこへ店員さんがやってきて友人と何やら喋り
鉄板を一度下げた。何事かと思い尋ねると
まだ楽しみはこれからだ、と言う。
一体なんだろうか?
程なくして鉄板を持って店員がやってきた。
これは!
チャーハンだ!〆のチャーハンが来た!
これはすごい。なるほど、さっきの残りとヤンニョムや脂、そういったものを利用して作るのだな。海苔もどっさりと混ざっている。
スプーンですくいバクっとひと口。
…もうお手上げである。
勿論素晴らしく濃厚で美味いのだが、
それよりも何というか
我々がこの鉄板の上で食べてきた時間が
もう一度、さながら映画のエンドロールのように
また再生されていく感覚だ。
〆のチャーハンを食べながら
食べ始めの新鮮なホルモン、
ちょうど良い塩梅の頃、
カリカリのクライマックス、
と脳裏を駆け巡っていく。
本当に不思議な体験だった。
いやはや最高でした。
また良い店を教えてもらってしまった。
本当にいつも感謝です。
手を合わせ、ご馳走様でした。
お酒もかなり進んだので
若干ふらつきながら表に出ると
夜風がとても気持ちいい。
美味しいものを食べた後は尚更だ。
ヒョン、もう一軒行きましょう!
とのお誘いを受け、通りを遊歩道まで戻る。
するとパトカーのライトが目に入ってきた。
若者の怒声が響き渡っている。
よく見るとパトカーは3台停まっていた。
おやおや、威勢がいいねぇ。
などと思いながらゆっくり近づいていくと
友人が突然走り出した!
え?と思い小走りで後をついていくと
パトカーの中心で怒鳴り合い喧嘩をしていたのは
さっきの若いバンドの子たちだった。
おいおいおい!
慌てて私も割って入る。
ボーカルの子を後ろから取り押さえると
友人はドラムの子を羽交締めにしていた。
はぁ、これでは悪夢の再来ではないか…。
そんな予知夢だったら見たくはなかったな。
幽
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