#373 マネジメントに求められるネガティブ・ケイパビリティ (2/2)
いかがお過ごしでしょうか。林でございます。
昨日からの続編です。
日常におけるあらゆる問題解決において、私たちの脳は「ポジティブ・ケイパビリティ」、すなわち問題の原因を早期に特定し、積極的に対処しようと動きがちです。しかし、私たちの生活には、当然すぐには解決できないどうにもならない問題もあって、それらに対しては「ネガティブ・ケイパビリティ=どうにも答えが出ない、対処しようのない事態に耐える能力」を自覚しながら発揮していくのも大事ですよ、という話をしてきました。
昨日は、以下の参考図書からいくつか要素をピックアップしながら、マネジメント業務において、様々な人の感情と向き合うことが多くなる中で重要なスタンス、決めることが仕事であるが、あえてすぐに決めない勇気、どうしても過去の成功体験に引きずられた意思決定をしがちだから、常に自分のモノの見方・考え方を否定する癖を付けることの重要性について、考えてみました。
今日は、メンバーとの関わり方という観点でマネジメントに求められるネガティブ・ケイパビリティについて言及します。マネジメントに携わっていなくても適用できることがある話なので、ぜひご覧ください!
人材育成に求められるネガティブ・ケイパビリティ
チームのマネージャーにとって、人材育成は本丸の仕事です。なぜならば、マネジメントとは、チームパフォーマンスを最大化することで、自分一人では到底辿り着けない成果を出すことが求められる仕事だからです。
チームパフォーマンスを高めるためには、まずは個人の能力を高めることが必須。メンバー間の連携を高めることも必要ですが、まずはメンバーそれぞれに応じた得意技を理解して、相手への期待を伝え、メンバー自身が望むキャリア形成に繋がるようなアサインをし、そこでの動きや期待への到達度を頻繁にフィードバックをしていきます。
一方で、以下の記事でも述べた通り、個人がスキルアップをしていけるかどうかは、究極的には本人次第。マネジメントの立場からはできることとできないことがあるのも事実です。
そして、最初から要領よく仕事を進めていけるメンバーもいれば、なかなか軌道に乗れないメンバーもいます。メンバーの能力が開花するまでの時間にも大きな個人差があります。
自分がチーム運営で大切にしたい価値観と相手への期待事項を伝えて、仕事のやり方を教えて、定期的に相手の成果をフィードバックしていくことで、こちらの意図通りスキルアップしていける場合はいいですが、必ずしもそうではありません。
これまで出会ってきた後輩を見ていても、1言えば10理解するメンバーも言えば、10回言ってもうまく伝わらないと感じるメンバーもいます。
なかなか思うようにならない「宙ぶらりん」の状態を、かなり長い時間耐え抜く力が求められます。
「人はすぐに変わらない、変えることはできない」と頭では分かっていても、「これでも分かってくれないか・・」となるとそれなりに落ち込むし、早く結果が欲しくなるのが人間の脳です。それでもグッと我慢して、ひたすら信じて待つためには、「相手には何の期待もせずにただ待つことと、無力感の受容」が大切です。
つまり、相手のキャリア形成やスキルアップに貢献したいという気持ちは持ちつつも、同時に「結局は相手次第。自分が相手のスキルアップに貢献できない可能性も普通にある」という気持ちも同時に持つことです。
メンバーのことは分からないという前提
チームメンバーとの接し方について、私も意識的に考えているのは、「メンバーが自分に本音で話してくれることはない」という前提を持つことです。
こちらがどんなにフレンドリーに接しても、長い時間一緒に仕事をしたことがあっても、悲しいかなマネージャーとメンバーの間には一方通行の愛みたいなところもあって、メンバーが全て本音で話してくれることはないでしょう。
それは自分がメンバーとして、当時のマネージャーに全て本音で包み隠さず話ができていなかったのと同じで、まぁそういうもんだ、ということです。
メンバーとの信頼関係構築のアプローチに正解はありませんが、ポジティブ・ケイパビリティで「相手がこう言ったから、こう考えているはずだ」と拙速に答えを出すことは禁物です。たまたまその時はそう言っただけかもしれないし、人の気持ちなんて時間が経てば変わるものです。「分かったつもり」ほど危なっかしいものはないので、ちょっとしたコミュニケーションだけで相手の真意を分かったつもりにならず、とにかくじっくり聴く姿勢が大切。
これは、チームメンバーだけでなく、顧客やビジネスパートナーに対しても同じです。もちろん、こちらの考えや思いを表明することは必要ですが、一方的に提案や意向を伝えるのでなく、全部は分からないけれど、少しでも理解しようとじっくり時間をかけることがネガティブケイパビリティだと考えます。
様々な思考、属性、生活事情、価値観を抱えた人たちが、一緒に協力して何かを実現していくことが求められるようになりつつある現代において、この能力は重要性が増しています。
自他の違いを尊重し、DEI(Diversity, Equity, Inclusion)を実現していくためには、「どうしてそんなことするの?信じられない!」と感じるような葛藤や曖昧さの中に留まりながら、より細かく、より深く、より丁寧な関わりが求められます。
違いを受け入れる思考法
思考法において、ポジティブ・ケイパビリティは垂直思考、ネガティブ・ケイパビリティは水平思考という指摘があります。
垂直思考は、既存のルールや論理的手法に基づく伝統的な思考法です。ある課題に対して、これまでの知見の中から最も優れたものを選択しようとします。
これは合理的に思える反面、これまでの自分たちとは異なる価値観や常識を持った人たちとの間で何かを進めようとするときに、最適解になりません。なぜなら、根拠とする既存のルールや価値観そのものの前提が合わないからです。
水平思考では、既存の枠組み・慣習・前例を度外視して、自由に発想します。「こうであるべき、こうであるはず」という先入観を疑い、否定することが出発点です。この感覚を養うには、自分と異なる人との交流で多様な視点を知り、それに対して「信じられない」と拒絶してしまうのではなく、一旦受け入れる勇気が必要です。
のもきょうさんの話を聞いて、東南アジアで仕事をしていた時をすごく懐かしく感じたのですが、常識や正義の価値観なんて、本当に国や時間軸の中で変わるんですよね。
例えば、気温40℃近いミャンマーの地で、お客さんとの打ち合わせではスーツにネクタイであれば間違いない、なんてのは、日本人特有の価値観だとひしひし感じさせられました。ミャンマーにいても、似たようなスーツを着たオジサンたちが2〜3人集まっているのを見ると、大抵日本人の方でした。(当時、欧米等の他国からも多くミャンマーに来られていたのに、です)
場所が変われば、自分が確固として信じてきた常識は変わるので、そもそも「常識」なんてものは存在しないんだと思います。
「そうするのが常識でしょ!」と考えに囚われたままでは、ネガティブ・ケイパビリティは苦痛そのものです。
マネージャーとして、今後もあらゆる人たちと接していく中で適切にネガティブ・ケイパビリティを発揮していくためには、自分の信念は持ちつつも、いかに凝り固まった「常識」を捨てられるか。
意識していないとつい忘れてしまうので、こうやって定期的に文章にすることで、心がけていきたいと思います。